豊島逸夫の手帖

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金現物小売価格1万円に更に接近

2023年7月5日

円建て金価格の史上最高値更新が続いているのは、やはり円安の影響が大だ。今年はドル建て金価格も2000ドル近辺まで水準を切り上げる中で円安同時進行となっている。特に世界の外為市場では基軸通貨ドルに対する信認が低下する中でドル安現象も見られるのに円と人民元だけが対ドルで独歩安である。その理由は簡単。日銀と中国人民銀行だけが世界の中銀の金融引き締めという潮流に反して金融緩和路線を歩んでいるからだ。植田新総裁がジョークながら「私が20年前に日銀の審議委員であった頃の金利は0.2%とか0.3%。今はマイナス0.1%。金融政策の効果が出るのには25年かかる(会場爆笑)。」とポルトガルで開かれた主要中銀総裁会議で語ったことが象徴的だ。片やFRBは1年で5%も金利を引き上げている。日銀の動きが氷河の如くスローであることが鮮明だ。それゆえ植田新総裁が政策修正を仮に語ったところで欧米の基準では大した話にはなるまい。そこまで読み切って投機筋も円売り攻撃を仕掛けている。今年の円安は昨年の150円超までは行かないにしても円安水準が長く続きそうだ。「もはや100円まで戻ることはないのでは」とまで言われるようになった。ご存知筋金入り円安派の私としては我が意を得たりということか。日本の消費者物価が上昇してもドル建て資産を保有していれば十分に輸入物価上昇のヘッジになる。

円建て金価格には為替面から上げ圧力がかかる状況が長引きそうだ。
なお、金の下支え要因として利上げの副作用である景気後退が指摘されるが経済統計は良い悪いマチマチだ。そこで不況の兆しとされる米国の逆イールド現象が金市場でも注目される。10年債の利回りが2年債の利回りより低いという異常な現象である。過去の事例では、この長短金利逆転現象が起こるとその後で不況になっているので、市場では確率の高い不況指標として注目されるのだ。

以下に中級者向けに逆イールドの話をまとめた。
タイトルは「逆イールド、81年以来の開き、なぜこの時期に」
3日の米国市場は独立記念日前日で半ドンであった。総じて取引も薄い中で市場がざわついたのは、債券市場で異変が生じたからだ。取引時間中に不況の前兆とされる逆イールドの幅が109ベーシスを超えたのだ。これは1981年9月18日の111ベーシス以来のことである。今年に入っても米国銀行破綻が続く中で拡大した107ベーシスをも上回る。

やはりインフレが想定以上にしつこく、FRBが政策金利を6%近くまで引き上げ、なお且つその高水準を少なくとも年内、更に場合によっては来年にかけてホールド(維持)する姿勢に傾いているので、米債券市場はその副作用としての景気後退を懸念しているのだ。更に銀行不安も消えたわけではない。FRBのストレステストに大手金融機関は合格したが、中小の銀行には不安材料が残ることをパウエル議長自ら認めている。

1年超で政策金利を500ベーシス以上引き上げても、その政策効果が依然判定できないことも不安視される。史上最速の5%以上の利上げと言ってもその前のゼロ金利期間が長かったので、利上げの大半はアクセルを踏んだ状態を徐々に緩めることに費やされた。真の意味でブレーキを踏んだのは利上げ幅の中で直近の2%以下、期間にしてせいぜい半年超に留まる。

その結果、政策金利との連動性が強い2年債の利回りには上げ圧力がかかり利回りも5%の大台が視野に入る。対して将来の景況感を映す10年債利回りは資金需要低迷を見込み依然3%台である。そもそも10年債は市場の流動性も断トツに多いので安全資産としての需要が根強く買われ易いので、利回りには下げ圧力がかかりがちだ。この場合の安全資産とは「質への逃避」というより「流動性への逃避」と言えよう。あの911の米国同時多発テロの時でさえ最初に取引を再開したのは米国債市場で、中でも10年債売買が中心となった。いつでも売買できるという安心感はリーマンショック時に取引量が枯渇して売りたいのに売れず、蛇の生殺しの如き恐怖を体験した者でなければ分かるまい。

現状の米債券市場は債務上限問題が暫時妥結され、それまで凍結されていた新規債発行が急増する時期に入るので、債券市場の需給を見れば供給過多で債券の値は下げ易く、利回りは上げ易い。にも関わらず10年債の利回りは伸び悩み、2年債との長短金利差逆転現象が顕在化している。

そもそも市場がFRBを信じていないことも逆イールドが発する不安感を増長させている。更に信じていないにも関わらず結果的にはFRBの見解がこれまでは勝ってきた。具体的には市場は今年後半にも利下げに転じ年内2~3回は利下げがあると見込んでいたのだが、今や利下げは24年にずれ込むとのFRBの見解を認めざるを得なくなった。パウエル議長に至っては利下げなど「論外」と言わんばかりの姿勢を貫いている。

かくしてFRBを敵に回し「FRBを疑え」が市場の合言葉になった時期は過ぎ、今や「FRBには逆らうな」とまで言われるようになっている。しかしマーケットの底流には中央銀行に対する不信感が残る。

このような状況が続く限り逆イールド現象は解消されまい。

以上

2023年