豊島逸夫の手帖

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リーマン後に酷似するマネー変調

2012年5月16日

今朝の日経朝刊。「"マネー変調 現金志向に" "安全資産 金まで下落"」の見出しが目を引く。
「欧州危機への警戒感から、通常ならリスク回避マネーの受け皿となるはずの金までが売られている」という記事。
実は全く同じ現象が、それも今回より遥かに強いマグニチュードで、リーマンショック後に起こっている。ギリシャ危機の煽りを受けた現在のリスク回避志向の今後を探るうえで、有力なケース・スタディーになろう。
2008年10月。リーマンショックが世界の各市場に拡散してゆく過程で、国際金価格は10月8日の903.50ドル(ロンドン後場建値ベース)から、10月24日には712.50ドルまで急落しているのだ。2週間ほどで21%の強烈な下げである。(現在の値位置に置き換えれば、1600ドルから1250ドルへ暴落したと同じ下げ幅である。)当時のメディアには「安全資産の金も急落」という見出しが躍った。未曽有の経済危機に見舞われ、世界中の機関・個人投資家がリスク資産売却に走ったのだ。金も「安全資産」から「リスク資産」へ変質とされた。
このケース・スタディーで参考になるのが、その後の動き。
同11月には800ドル台回復。翌2009年1月には900ドル台まで反騰。そして同3月には1000ドルを再突破して、リーマン前の水準まで戻しているのだ。これで再上昇軌道に乗り、史上最高値への道を歩むことになる。
過去5年の金価格チャートを見ると、リーマンショック後に200日移動平均線を大きく下回ったが、その後は、2011年まで一貫した右肩上がりが続いた。
そして、欧州債務危機悪化に伴いリスク回避志向が強まった昨年終盤以降、金が「リスク資産」として売られる傾向が再び顕著だ。200日移動平均線をリーマン後以来、初めて割り込んでいる。
それでは、リーマン後に金価格がいち早く回復した要因を吟味してみよう。

1) 中国、インドの二大金消費国が安値圏で現物市場に集中的な買いを入れた。「バーゲンハンター」と呼ばれるのだが、彼らは、リスク回避で売り込まれるタイミングを狙っている。NY金先物市場の建て玉のショート(空売り)が急増すると"待ってました"とばかりに買いに出るのだ。NY先物は短期売買のゼロサム・ゲーム。新興国は現物長期保有なので買いっぱなし(buy and forget =買って忘れる、といわれる)。同じ金投資でも、タイム・スパンが全く異なるのだ。

2) 金ETF市場では、欧米年金基金や大学基金などが、これも長期保有の買いを安値圏で入れた。彼らは、運用方針で金購入を決めると粛々と予定数量まで買い続け、"buy and hold"即ちじっくり買い持つ。基本的な金購入理由が、長期ポートフォリオのリスク分散だからだ。またリーマンショックの経済危機直後ゆえ、テール・リスクに対するヘッジという発想も強く働いた。2008年9月・10月は、あまりのことに茫然自失という様相であったが、2009年に入ると、伝統的アセットクラスだけでは分散が効かないという反省機運が高まったのだ。

では、今回の市場環境はリーマン後と比し、どう変わっているだろうか。

1) 中国、インド経済が減速。しかし、中国では市場構造に大きな変化が見られる。3年前から中国人民銀行が四大商業銀行に対し金業務を解禁し、統制されていた金売買も段階的に自由化。この規制緩和特需が、経済減速のマイナス効果を相殺して余りある状況だ。一方、インドは、1990年代に金が自由化され、今や、金が国の主要輸入品になっているほど。そこで、今年は経常収支赤字対策として金への課税強化が発表された。しかし、業界の強い反対でその後沙汰止みとなっている。そもそも、インドの金需要はブライダルや祭礼などの慶事における縁起物としての購入がコアを占める。花嫁の持参金(持参ゴールド)として金宝飾品が大量に購入されるお国柄だ。花嫁の父としては、嫁ぐ娘には金宝飾品を持たせねば沽券に係わる。エコノミスト的に見れば、需要の所得弾力性、価格弾力性が低いのだ。つまり、多少懐が寂しくても気張って買うし、高値圏でも結婚式には間に合わせねばならぬ。国別年間金需要統計見ると、2011年はインド933トン、中国769トン。この二か国で年間金生産量2818トンの丁度60%に当たる1702トンを買い占めた。今年は、年間需要が減少したとしても1500トンは見込める。

2) リーマン後と劇的に変わった事がある。それが公的部門の金売買。外貨準備としてドル・ユーロの比率を低め、金の比率を高める動きだ。2008年には公的部門は235トンの売り越しであった。それが2011年には455トンの買い越しに転じている。今年も、3月にはトルコ、メキシコ、カザフスタンなどの新興国が40トン以上の金を外貨準備として購入したことがIMF統計で明らかになった。ドル不安、ユーロ不安が続く限り、この流れは治まるまい。ちなみに、今年3月には金価格がやはり1600ドルまで急落した。そのタイミングを計ったかのような公的部門の大量金購入である。今回の急落局面でも、欧米市場では中央銀行の買いと見られる大きな買い注文が既に見られている。

なお、このような長期保有の現物購入はNY金先物市場のレバレッジがかかった売買に比し、地味である。しかし「買いっぱなし」ゆえ、ボディーブローの如くジワリ効くことが特徴。
現在の相場地合いを見るに、先物空売りのワンツーパンチが先行してポイントをゲットしているが、ラウンドを重ねるにしたがい、ボディーブローが効いてくるは必定。最終的には判定勝ちと見る。
リーマンショック後の下げ幅21%をベースに考えると、昨年つけた史上最高値1900ドルから21%下げた値位置が、丁度1500ドルとなる。日本時間今朝の価格は1540ドル台。かなりの底値圏と見る。

最後に、米国SEC(証券取引委員会)登録のファンドが四半期ごとに期末の運用資産を報告・開示するのだが(通称13F)、その2012年3月末時点の数字が、期末から45日という報告期限の日本時間今朝、相次いで発表された。
金大量保有のポールソン&カンパニーが最近は売却を進めていたが、今回の保有残高は前期末と変わりなし。金売却中断ということのようだ。


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2012年