豊島逸夫の手帖

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「流動性の罠」で薄れるシラカワ・プット効果

2012年6月7日

保有している株の値が下がりそうだ。でも、ヒョッとしたら、また上がるかもしれないし、なかなか売る決断が出来ない。そんな時に、「いいでしょう。あと半年お待ちしましょう。いよいよ売る気になったらおいでください。今日のこの価格で買い取りますよ。」と言ってもらえる仕組みがプット・オプションだ。但し、業者も商売だからタダというわけにはゆかない。なにがしかの手数料を掛け捨てで払わねばならぬ。それでも、仮にその半年の間に大暴落しても、暴落前の価格で売れるという「保証」の対価と割り切る投資家も多い。
いざというときには、プット・オプションが自分の資産価値を守ってくれるという発想でもある。
この「プット」という用語が転じて、最近は、中央銀行の長の名前を冠して使われる。
まず、バーナンキ・プット。米国経済の雇用統計が悪化して欧州債務危機の米国への「伝染」が危惧されても、「バーナンキFRB議長が、追加的金融緩和措置を打ち出し、米国経済を守ってくれる」という期待感が市場には強い。筆者には、NY株価が下がれば、バーナンキ氏がなんとかしてくれる、という「依存症」の症状にも映る。
それゆえ、今夜(7日)予定されているバーナンキ議会証言を依存症患者は、すがるような思いで見守る。

昨晩(6日)には、ECB理事会が開催され、欧州の依存症患者たちはドラギ・プットの魔術を期待した。しかし、「利下げ見送り」とつれない。それでも「追加緩和に含み」を持たせ、思わせぶりではある。

上海では、「温家宝プット」という用語に接する。
中国経済が減速すれば、同首相が大胆な財政出動で支えてきた。中国人民銀行も追加的金融緩和措置で答えた。金融・財政万策尽きた感のある日米欧に比し、中国は未だ経済政策の懐が深い。その分、温家宝プットの魔力も絶大であった。市場の懸念はその首相退陣を控え、「政治リスク」にある。

そして、ジャパン。
欧米の市場関係者と話すと、しきりに「シラカワ・プット」に依存できるか、と聞かれる。2月の10兆円の追加緩和というサプライズの記憶が未だ鮮明に残っている。しかし、既に「流動性の罠」に陥り、通貨を追加供給しても経済の底に沈殿するだけの状況なれば、サプライズ作戦が効くのは一回限り。
シラカワ・プットの限界を最も強く感じているのが、「通貨の番人」役の人たちだ。彼らがリタイアするや、退職金の運用で「金」を買いたがる現象にも困ったものだ。金購入という投資行動は通貨価値への不信任投票なのだから。

2012年