豊島逸夫の手帖

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COOとCO2は削減対象

2012年7月17日

知人が大企業のCOO(チーフ・オペレーションズ・オフィサー)に「昇進」した。「おめでとう」と言うと、浮かぬ顔で「CO2同様削減対象さ。」と自嘲気味に語る。
今、欧米企業内で実質的に一番偉い人はCCO(チーフ・コンプライアンス・オフィサー)であることが多い。CEOも一目置く存在になりつつある。更に、現場の事業統括者としての責任を問われるCOOの人事評価もコンプライアンス項目のウエイトが大きい。
件の知人は非常に冷静な人物なのだが、その彼が珍しく顔面蒼白で取り乱した表情を見せたことがある。何事か、と尋ねれば、秘書が個人携帯を紛失したとのこと。
一般社員の人事を見ても、コンプライアンス項目のマイナス評価が最も少ない社員が昇進してゆく。まさに減点パパの世界である。
イノベーション能力に優れた社員は、新規プロジェクト提案に際し、コンプライアンス順応性を厳しくチェックされ、結果的に何らかの抵触が明らかになれば、直ちに修正を求められ、その事実は人事考課表に明記される。
こうなると、社内的に新規提案などでキャリア・リスクを取る社員は減少の一途を辿り、社内リスク回避の風潮が加速する。
なかには、大手企業とて、幾つかの超大型プロフィット・センターを持つ場合には、他部門は、「おみこしを担ぐふりをしろ」と暗に指示される。まともにおみこしを担ぐと、情報流出などの思わぬレピュテーション・リスク(風評リスク)を被る可能性があるからだ。
トレーディング部門なども典型的な例で、他社もやっているから、横並びで設置した部門なのだが、相場リスクに晒され、想定外のリスクが発生しやすい。かといって、トレーディング部門がなければ、ヘッジ機能ありや、と問われる。その存在は、必要なのだ。

筆者の実体験でも、コンプライアンス監査軍団が来訪するとき、職場の長として、軍団への「おみやげ」に頭を悩ませたものだ。1週間近くも社内会議室を占領して、洗いざらい帳簿を調べ上げてゆく。その上で、「なにもなかった」では軍団のメンツも立たぬ。そもそも彼らは、その仕事で給料を貰っているわけだ。そこで、現場の長としては、いくつかのイノセント・エラー(見つかっても大事にはならぬ程度の間違い)をいくつか帳簿を埋め込んでおくのだ。これが「おみやげ」。宝探しの如く、軍団が「これ、めっけ!」となったときには、思わずニヤリとしたものだ。
それにしても虚しい。
コンプライアンス強化は勿論必要なのだが、結果的に、社員の多くが新たな事案に取り組むリスクを取りたがらない。今、まさに日本が必要としているイノベーションの芽が企業自らの手で摘まれている。
なお、このような企業文化の変遷とともに、トップ経営陣にまで上り詰める人たちのタイプも変わってきたように感じる。例えば、脂ぎってアクの強い個性的な専務より、「好かれる三男坊」タイプの専務が増えてきたように思う。直接話す機会が多いので感じることは、周囲に警戒心を抱かせず、非常に良い人物との印象を受ける。しかし、いざとなると「黙って人を切る」時代劇の殺し屋の如く、「カット・マン」と変身するのだ。筆者のような独立系の人間が、カット・マン氏の部下に頼まれ、同氏とサシの会食に招待されるのは、たいてい、事後の筆者からのフィードバックで本音を探る目的なのだ。
外部の人間に、社内情勢の「毒ガス」に反応する「炭鉱のカナリア」役を依頼せざるを得ない実態を見せつけられると何とも切ない思いがするものだ。

2012年