豊島逸夫の手帖

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世界はドル高、日本ではドル安

2012年11月12日

日本人はドル円中心に見るので、足元、円高、ドル安が進行中とされる。
しかし、米大統領選挙後、ドル指数は80.40(7日)から81.02(9日)まで上昇している。世界はドル高と認識しているのだ。
「財政の壁」が不安視され、米国経済が悪化すればするほど、ドルが買われるという皮肉な結果になっている。仮に米国債格下げという材料が出た場合にも、ドル買いになりかねない様相だ。
これは、「安全性」を求めるマネーがドル、円、そして金に流入しているからだ。
正確には、米ドルは「安全通貨」というより、「避難通貨」という方が正しい。今のドル買いは「安全性の選好」というより、「流動性への逃避」現象だからだ。つまり、米国債市場が世界で圧倒的な流動性を持ち、しかも経済危機が進行すると、マネーの流動性選好が高まるためだ。
対して、円買いは「安全性への逃避」といえる。ドル円市場の流動性はドル・ユーロに比べれば遥かに小さい。しかし、円はリクイディティー(流動性)で劣っても、ソルベンシー(債務返済能力)ではドル・ユーロより優れている。
よく、個人投資家から「公的累積債務が1000兆円規模の国が発行する円がなぜ買われるのか」と聞かれる。しかし、日本国債は1500兆円規模の個人金融資産により機関投資家経由でガッチリ長期保有されてきた。自国国債消化を外国人投資家に依存する欧米諸国から見れば、日本の債務問題は「ファミリー・イシュー=家族内の問題」ということになる。つまり、親が1000兆円借金積み上げても、子の貯めこんだ1500兆円で十分に返済可能できる、という読みだ。
その結果、今や、円が対ドル、対ユーロでは最強通貨となっているわけだ。
筆者は、今の外為市場を「ドル・ユーロ・円の弱さ比べ」と表現してきた。外為不等式で言えば、現在は円>ドル>ユーロとなるが、ユーロ反騰局面ではユーロ>ドル>円の時期もあった。
米国、EU、日本。どの国の経済も構造的赤字体質というアキレス腱を持つ。情けないことに「弱さ比べ」が抜きつ抜かれつ、いい勝負なのだ。

なお、米大統領選挙後の世界的ドル高現象は、特にユーロ安の反対現象の面も強い。
先週のギリシャ国会で、経済構造改革案が3票差で可決されたものの、本日12日に開催されるEU財務相会議では、その実効性に対する疑義が払拭されず、ギリシャへの救済資金合意が見送られるようだ。
このままでは、14日にはギリシャ国債50億ユーロ償還のロール・オーバー(繰り延べ)が危ぶまれる。「政府の現金は底を尽きつつある」と同国高官も開き直り発言している。緊急ブリッジ・ローン(繋ぎ融資)で先送りされ、偶発的デフォルトは回避されようが、事態は切迫している。
更に、「周辺国」から「コア」のフランス経済へ伝染の兆しがちらついてきたことも不気味だ。
フランスの中央銀行は、2012年7-9月期に続き10-12月期も経済成長率0.1%減予測を発表。オランド政権の来年0.8%成長見通しという前提が崩れ、債務削減計画の実効性が危ぶまれてきた。
結局、「緊縮」と「経済成長」は両立しない。唯一の方法は、「経済構造改革」だが、これは過渡期に於ける失業増加など国民に痛みを強いるので、不満がデモ暴徒化など社会不安を引き起こす。

中国経済は減速とはいえ、金融・財政両面で政策の懐が日米欧より深いので、外為運用面では人民元という選択肢もあるが、政治的リスクが大きすぎる。
とはいえ、足元では中国経済底打ち観測も出始めたので、先取りヘッジファンド筋では、豪ドル、ノルウェー・クローネ買いが目立つ。中国経済へコモディティー(商品)を供給するオーストラリアの豪ドルは、人民元の「代理通貨」と見なされ、産油国ノルウエーもコモディティー通貨として買われるのだ。

最後に、「無国籍通貨=金」が米大統領選挙後のパフォーマンスではダントツで良い。
選挙直前には1670ドル台まで沈んだが、選挙後には1730ドル台まで急反発している。「米国債」にも不安を持ち、日銀の追加緩和の可能性も無視できず、消去法で「減点」が最も少ない「無国籍通貨=金」が選択されている。
しかも、財政の崖問題が懸念されればされるほどQE3継続・強化の可能性が高まり、ドル価値の希薄化が進行することで、「刷れるドル」に対して「刷れない金」が買われる。特に、FX投資家が、下値確認され先物買い残高も手仕舞われ地合いが軽くなり、チャート的にも好転した「金」にシフトしていることが最新の特徴だ。

なお、先週市場に流れた(というより流された)「ソロス氏の金買い」は、事実の裏付けのない「噂」で、プロのディーラーが自ら買った後に市場に意図的に流す典型的なポジション・トークと見られるので注意しておきたい。(かくいう筆者のスイス銀行チューリッヒ・ディーラー時代の常套手段でもあった。)
今週は香港でLBMA貴金属国際会議開催中なので、世界中の金関係者が集結しているが、ソロス氏の話は聞かない。本件は本欄8月16日づけ「ソロス氏が買ったフェイスブック株と金」をも参照されたい。
著名投資家で最近、金買い推奨が確認されているのは、最大級のヘッジファンドであるレイ・ダルド、そして、「債券王」といわれるピムコのビル・グロスの二人。
両氏とも、メディア・インタビューやツイッターでストレートに「buy gold 金を買え」と異例の買い推奨を出している。その共通した理由は、QE3の後遺症としてのマネタリー・インフレに対するヘッジと語られている。

それから、日経主催のニッポン金融力会議というプロジェクト(日経本紙でもシリーズ記事展開中)のセミナーで講師やります。↓
http://s.nikkei.com/cfc

2012年