豊島逸夫の手帖

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欧米市場が注目する日本の「選挙の崖」

2012年12月4日

日本の総選挙が今回ほど世界の市場から注目されたことはない。
筆者は外電の「情報提供社」としてコラムを書いているので、海外からの問い合わせメールもひっきりなし。閲読数も3倍に増えた。
ネットゆえ閲読社の国籍も具体的に把握できるのだが、ニューヨーク、ロンドン、シンガポールなど多岐に亘る。
新首相候補者の名前も「Abe」と短いせいか認知されている。前回までは「毎年替わる首相」としか認知されていなかった。
そろそろ欧米市場でも2013年展望レポートが株式、債券、外為、商品と出揃う時期だが、「米国、欧州に次ぎ2013年は日本債務危機顕在化」を指摘する向きも目立つ。

そもそも、「量的緩和」は日銀が「元祖」なのだが、長く注目されていなかったので、「いよいよ日本もQEか」と囃している。そのような向きには「日本はQE8」と答えることにしている。

欧米株式市場の日本株担当者は「日本経済の閉塞感打開」に期待を込める。
しかし、債券市場は「閉塞感打開」の結果としての円長期金利上昇を恐れる。
株は楽観論で育ち、債券は悲観論で育つことを実感する。
ヘッジファンドは「今度こそ、日本国債を売り崩せる」と意気込む。
外為市場でも、いまや、ドル円、ユーロ円が「花形」である。これまでは欧米市場での「ドル高」「ドル安」のベンチマークはドル・ユーロのレートであったが、今や、円という変数が加わり三元連立方程式となり、解の判定が難しい。
そして、金市場は「2013年、日米欧同時QE競演」シナリオによる主要通貨価値の希薄化が「通貨の原点回帰現象」としての金買いを誘うと囃す。
「刷れる円、刷れない金」の違いが意識されている。
日本市場が欧米で材料視されるのは「ペイオフ解禁」以来のことだ。

どうやら2013年は「日本の政局混迷」が東京市場の存在感を高めるという皮肉な結果になりそう。
現与党が「比較第一党」を目指すと言わざるを得ない状況では、新たな連立政権の誕生が必至だ。
そこで、欧米市場が注目する「アベ・ドクトリン」の実現性も国内政局とともに激しく揺れるだろう。
問題は、市場の「アベ・ユーフォリア」が剥落したとき、日本が「選挙の崖」を乗り越えられるか、ということ。
日本経済がインフレ・ターゲット、無制限国債買い取りで短期間にデフレ脱却を達成しうるとは到底思えぬ。
「非伝統的金融政策」は「西洋療法の劇薬」であり、インフレという副作用を「使用上の注意」として国民も理解すべきである。
日本のデフレ脱却には「漢方療法」による穏やかな体質改善、或いは同じ劇薬でも「TPP」など自由貿易政策しかあるまい。
円安誘導などの為替政策は「通貨安戦争」に参戦することになる。
金融・財政政策はインフレやバブルという合併症を伴いがちだ。
それに比し貿易政策は、短期的痛みを乗り越えれば長期的後遺症が最も残りにくい。比較優位の原則に基づき得意分野に特化し、不得意分野は他国に譲れば1+1が3になるのだ。
但し、短期的失業を生むので、自由貿易を標榜して選挙に勝てた試しはない。
そうなると、漢方療法という選択肢が残る。
しかし、各党の選挙公約に、「じっくり体質改善。国民の忍耐を求める」などという「悠長」なスローガンなど、あるはずもない。
西洋療法に慣れ、「四半期決算」で結果を求める欧米市場も、待ってはくれまい。

かくのごとく俯瞰してくると、選挙の崖を一度は落ちたところで、国民のコンセンサスが「挙国一致」で固まるシナリオを個人投資家としても織り込んでおく必要があろう。
選挙の崖の落差は、はっきりいって、落ちてみないと分からない。
ロンドン・オリンピックの団体競技におけるチーム・ジャパンの見事な団結力を、経済・政治の世界でも早い段階で発揮できれば落差も浅い。
英国はイングランド銀行の総裁にカナダ人を抜擢したが、チーム・ジャパンにも「ガイジン助っ人」の監督が必要なのだろうか、とさえ思ってしまう。
それは極論だが、そのくらいの大胆な変革の証しを示さなければ、欧米市場は待ってくれまい。

2012年