豊島逸夫の手帖

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カネでスペイン人気質は変えられない

2012年9月28日

マドリッドの反緊縮デモの真っ最中に、ラホイ首相はニューヨーク6番街で悠然と葉巻を燻らす新聞報道写真が全てを物語る。
昨晩は、スペイン政府発表の新緊縮予算が、事前予測以上に財政赤字対策に踏み込んだ案だと評価された。マーケットの心象も「殊勝である」と好感され、ニューヨーク株式市場ではスペイン・リスク後退が囃され、リスクオンの買い相場となった。
しかし、民意から乖離した緊縮予算が、ニューヨーク市場では買いの口実として利用された感が強い。投機筋による仁義なき戦いの中で、空売り筋を損切りの手仕舞い買いに追い込む作戦とも映る。

そもそも昨日の修正緊縮予算発表は、ラホイ首相の先制攻撃であった。EU側から屈辱的に厳しい条件を課せられる前に、とりあえずペーパーの上だけでもEUが納得する財政赤字削減目標数字を自発的に並べ、EUの心象を良くする、という作戦。さすれば、とりあえず、EU側からこれ以上はあれこれ言われず、EUにスペイン国債を買い取ってもらいドラギ・マジックの恩恵に預かれる。
しかし、皮肉なことは、これでマーケットに安堵感が生まれると、スペイン国債の利回り上昇も、当面鎮静化して、ラホイ首相としては、救済申請せねば、との切迫感が薄れる可能性である。
そこまで深読みすると、6番街で葉巻を燻らすラホイ首相の「時間稼ぎ」作戦の匂いもする。
なにせ、10月21日には、同首相のお膝元ガリシア州と、民族問題をかかえるバスク州の地方選挙が待ち受ける。
それまでに、公務員給与凍結を3年目の2013年まで延長とか、株取引課税とか、「聖域」の年金についても、年間3%の物価上昇スライド補てん支給制限などに踏み込めば、再び反緊縮デモが暴徒化するは必至。
しかも、2013年に歳出は7.3%削減、歳入は4%増加のシナリオの上で、130億ユーロの財政赤字削減という案なのだが、歳入増加は付加価値税23%への引き上げの結果である。
この緊縮予算が、これから議会で「果てしなく」議論されることになる。
17の自治州も、各州の緊縮予算をこれから練り上げ、総額50億ユーロの削減をねん出せねばならぬ。
しかし、カタルーニャ州は、そもそも「上納金」として中央政府に歳入の8%を収めているのに、地方債務危機にあえぎ、中央政府に救済資金を申請せねばならぬ、という何ともやりきれぬ立場にある。この際、地方自治権を取り戻そうとの機運が高まり、「州の国民投票」にかけられるようだ。
かくして、ラホイ首相は、民意とEUの板挟み。
結局、民意から乖離した紙の上での緊縮予算の化けの皮が剥がれるのは時間の問題。既にマーケットには懐疑論も目立つ。

9月7日本欄「問われるスペイン人の勤労意欲」にこう書いた。
「多くのスペイン人庶民は既に十分緊縮したと思っている。現閣僚でさえ緊縮政策論議の最中に、スペイン人は人生を楽しむために生きているのだ、と公言してはばからない。最近は人生を楽しめていない。それほどに自分たちは緊縮しているのだ、というのが本音だろう」
しかし、財政赤字の対GDPとか国債利回りだけを拠りどころにスペイン問題を論じるアナリストたちは、「スペイン人が人生を楽しむために地味に働く」人種に変身できることを大前提で論じている。現場の空気を吸わず、現場の空気が読めず、ただモニター画面の数字を追っているだけでは、欧州債務危機は読めない。
ECBもEUもIMFもカネは出してもスペイン人気質を変えることは出来ないのだ。

さて、金価格は、QE3の材料が陳腐化して、スペイン問題の推移でリスクオン、リスクオフを繰り返す日々。中国経済不安も、未だゼロ金利ではないので利下げ余地もあり、財政赤字も欧米ほど深刻化していないので北京の党長老のツルの一声で大規模財政出動できるし(不良債権増加の合併症はあるものの)、総じて経済が悪くなれば未だ政策対応の懐が深いのが強みだね。
金価格のトレンドラインとしては、世界的金融緩和マネーでトレンドラインは右肩上がり。されど、スペインと中国要因で日々短期的に乱高下する、という展開だ。

なお、昨日のブログ記事「南欧の反緊縮デモの臨界点」が、今朝の日経朝刊2面で紹介されています。以前も「アテネが横須賀になる日」の原稿が紹介されたけど、なにやら、欧州債務問題専門家の様相(笑)。
さすがに日経紙面でスキーとか食べ物とかプライベートな事は書けません。

2012年