豊島逸夫の手帖

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アテネからホルムズ海峡に飛び火

2012年2月23日

マーケットの火種が、ギリシャからイランへ飛び火してきたようだ。商品市場内でも、ホルムズ海峡を巡る緊張が、原油市場から貴金属市場に飛び火の様相だ。地政学的リスクの顕在化現象であるが、欧米市場は、北朝鮮関連では音無しの構えでも、イラン関連には敏感だ。米ギャラップ社が、「米国民はどの国を最大の敵と思うか」と尋ねた世論調査でも、一位はイランで32%。(中国23%、北朝鮮10%と続く。因みに、日本との回答も1%あったとのこと。)北朝鮮もイランも、マーケットでは「火薬庫」と言われるが、やはり原油埋蔵量の差が、インパクトの差といえようか。
ワイルドカードの中東情勢が俄かに頭を擡げてきた。ホルムズ海峡から中東全体に、ドミノ式に問題が波及。「資源戦争」から経済制裁などの「経済戦争」、更に、「軍事戦争」にまでこじれる可能性がある。

さて、ペルシャ湾の要所、ホルムズ海峡。幅33キロまで細まる狭い海域に、船舶通航レーンは出船用と入船用の二つしかない。1レーンの幅は、僅か3.2キロメートル。そこを世界の原油需要の20~30%(日量1700万バーレル程度)が通る。この狭い海峡をバイパスする原油輸送ルートとして、サウジアラビア経由紅海に抜けるパイプラインもあるが、量は知れている。UAEは、直接、インド洋とパイプラインを繋げる計画だが、まだ未完成。
今回の一連の出来事の発端は、昨年11月、国連武器視察団が、「イランは核装置開発中との"信頼できる"新たな証拠を入手」と発表したこと。これにイランは猛反発。「米国によるでっちあげ」と名指しで非難した。
更にイランを刺激したのが、サウジアラビアのプリンス(王子)の一人の「(イランが核を持てば)サウジも核開発が視野に入る」という発言。イスラエルが既に核兵器開発に至っていることは、周知の事実。そのイスラエルを、イランのアフマディーネジャード大統領は、「世界地図から抹消する」と公言して憚らない。その二カ国の間に位置するサウジアラビアにしてみれば、核ミサイルが同国空域を飛び交う事態となれば、まさに有事。ただでさえ、ジャスミン革命の波がエジプト、ヨルダン、バーレーンに拡大して、サウジアラビアがアラビア半島で孤立化しかねない状況だ。宗教上もイスラム教スンニ派のサウジに対し、イランのシ―ア派が支援するヒズボラなどの過激集団が、ジャスミン革命の流れに乗って中東地域での影響力を急速に増しつつある。件の王子にしても、もはや黙ってはいられない、という心境であろう。
なお、昨年10月には、米国司法長官が、イラン政府と関連を持つ複数の人間による、在米サウジアラビア大使暗殺計画とワシントンのサウジ大使館爆破計画を摘発したと発表。イラン側がメキシコで暗殺者と接触し、150万ドルの報酬を呈示したと述べた。イラン政府は「証拠を見せろ」と迫り、一歩も引かず、サウジ側の不信感・不安感も募るばかりであった。

そして同時期に、テヘラン近くのミサイル・テスト基地で大規模爆発ありと米国・イスラエルの諜報機関が指摘。その原因は不明のまま、12月に入り、今度はイランが同国東部で米国無人操縦機を補獲したと証拠ビデオを公表。米国側も、「CIAによるイラン核施設経過観察の手段」とあっさり認めた。それも、無人機をアフガニスタンからリモート・コントロールと言うので、中東地域内での紛争の種が、また広がってしまった。
次いで起きたのが、テヘラン英国大使館占拠事件。オキュパイ(占拠)・ウオール街ならぬ、オキュパイ・大使館を、イラン側が若者たちに扇動したとされる。
その直後、米国はイラン向け「バーチャル大使館」を開設した。若い読者の方々は御存知ないかもしれないが、1979年から81年にかけて、テヘランの米国大使館が444日間に亘り、イランの若者たちに占拠された大事件があった。(この時、金価格が4倍に暴騰したものだ。)それ以来、二国間の正常外交ルートは断たれてきたのだが、近年、米国国務省は同省のフェイスブック、ツイッター、YouTubeなどを駆使して、イラン向けに情報発信してきた。それに加え、クリントン国務長官が「米国バーチャル大使館」開設に動いたわけだが、即日、イラン側がアクセスをブロック。ホワイトハウスは、冷戦時代の「鉄のカーテン」ならぬ、「電子カーテン」と非難した。
また、既に10月、米国民の反イラン感情を刺激する出来事が、明るみに出ていた。
米国司法省は、ミネソタ州で製造された電子部品をシンガポール経由でイランに密輸出した事件で、4名のアジア系人がシンガポールで逮捕されたと発表。これが、IED(即席爆破装置)製造に使われ、その一部がイラク戦場で発見されたことを確認。イラク戦争の米軍死者の6割は、このIEDを利用した道路路肩爆発装置により、殺戮されていたのだ。
さて、一貫して強硬姿勢で通すイランだが、輸出収入の5割は原油輸出に依存する経済構造ゆえ、ホルムズ海峡封鎖は、自らの首を絞める結果となるも必定。それでも「瀬戸際政策」の綱渡りせざるを得ない国内事情がある。
アフマディネジャード大統領と宗教上の最高指導者アリー・ハーメネイー師の対立である。軍、司法、情報などの実権を握る最高指導者に対し、(明らかに仕組まれた)直接選挙で選ばれた大統領の存在感が薄まってきたのだ。追いつめられると何をしでかすか分からない。
この不安感が加速しているわけだ。
なお、投資家に注意を喚起しておきたいのは、地政学的要因は市場の材料としては陳腐化しやすく、「有事の金」と囃されて価格が急騰しても、一過性に終わることが多いこと。今の金価格高騰の根源的理由は、欧米経済危機への政策対応としての超金融緩和と、減速中とはいえ、新興国の長期経済成長である。(株は経済楽観論で育ち、債券は悲観論で育つ。金は先進国悲観論と新興国楽観論で育つ。)
短期的には、引き続き欧州発のリスク・センチメントがオン・オフに振れ、日々の価格が変動している。イラン情勢は、あくまでワイルド・カードである。

2012年