豊島逸夫の手帖

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どうなるギリシャ 現地で激論

2012年2月1日

昨日に続き、現地アテネ市民との直接対話シリーズ。
今回は、アテネ郊外の中産階級の家庭訪問。世代の異なる家族が集合して、今後のギリシャについて考えるという趣向。
参加者は、アラサーの娘さんとフィアンセ。団塊の世代の母と叔父。いずれもファミリー間で、常に議論を戦わせるという論客揃いである。筆者がモデレーター役。議論がヒートアップしたときの癒し役は、ペット犬のディミトリス君。

1140a.jpgまずは、アラサー・カップルが口火を切る。
「結婚式まであと4か月。危機前までは式も派手だったが、今は、郊外のレストランで形式にはこだわらず、皆で楽しいひと時を過ごすのがトレンド。ダイヤの婚約指輪はギリシャでも定番だったが、いまや、石なしのシンプルなリングを交換するだけ。
でも、心配なのは結婚後の人生設計だ。10年後どころか、来月事態がどうなるかも見通せない不透明な状況では、とりあえず一日一日を精一杯暮してゆくしかない。子供とか持家とか、長期的コミットメントはうっかり出来ない。」
筆者「国内の出口は見えない状況が続きそうだが、若い二人は、この際、海外脱出も考えないのかな。」
「ビンゴ!当然、選択肢の一つには入っているよ。彼女は英国で3年暮らしたこともあるし、全く抵抗感はない。問題は、後に残されたシニア世代だ。日本と違って蓄えが無いから、年金カットされるとひとたまりもない。子供たちに親を支える財力もないし。政府が教会に受け入れ施設を作っているのだが、プライドが強くて、なかなかそこには行きたがらないんだ。」
叔父「アテネでは、日本人の熟年観光客ツアーを見かけるけど、私が家内と旅行したのは、リーマン・ショック前に近場のイスタンブールに行ったのが最後かな。」
と、ここから、俄かに政府批判が始まった。



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ギリシャ国会議事堂


「この国は、独裁体制が崩壊してから、二大政党が世襲的に首相の座に座り続け、一大コネ集団を作り上げた。腐敗も横行し、税務署員にも賄賂使えば納税額を減らしてもらえるのが実態だ。国民にも順法意識は欠けている。さっき郊外駅前で、ダブル・パークまでして無秩序に駐車する光景を見ただろう。駅から半径100メートル以内の道は、全て駅までの通勤車で埋まって、渋滞が常態化している。問題は、それを警察が特に取り締まるわけでもないし、運転手側にも駐車ルールを守ろうという意識など無い。そういう国柄だからこそ、国の財政の真の数字を偽って報告することに対する罪の意識も欠けていたのだよ。それに、国民の多くは、自分の庭が手入れされていれば、人の庭がどうなろうと無関心という傾向が強いんだ。だから、危機に際して国民が団結して乗り切るという発想が希薄だ。」
ここでお母さんが、ギリシャ語で議論に参戦。
「実は、私は日本が嫌いだったのよ。だって戦争の時にナチと手を組んだでしょ。でも、東日本大震災という未曽有に災害に見舞われても、あれだけ国民が一丸となって頑張れる国と知って、見方が変わったのよ。(そこで筆者が、震災後の日本を詳しく説明。)
ギリシャ人も日本人に倣って、この経済危機に対し、もっと纏まらねばだめよ。特に、メルケルの実質的支配には断固戦うべきよ。ドイツだけは未だに好きになれないわ。ドイツと一緒の通貨を使うなんて止めたほうがいいわよ。だいたい、ユーロ導入前は、今、手に持っている好物の花梨が1個100ドラクマだったのに、それが一夜にして、1個1ユーロ=300ドラクマになってしまったの。」
ここでフィアンセ君が強く反論。
「お母さん、それはダメ!ユーロ離脱したら、忽ち、ハイパーインフレになってしまうんだよ。ユーロは大変な問題を抱えているけど、だからといって自国通貨ドラクマに戻すという発想は、本当に国を滅ぼすんだ。」
娘さんも黙っていない。
「でも、ユーロ圏にしがみつこうとするから、メルケルの横暴、そして切り詰めるだけ切り詰めるギリギリの緊縮生活を強いられているんじゃない。ギリシャ国民はプライドが強いのよ。貴方はハンガリー出身の男性だから、未だ分からないかもしれないけど。」
筆者「ちょっと聞いていい?二人が知り合ったキッカケは?」
「フェースブック!」
筆者「もうそれ以上は聞くまい(笑)。さて、本題に戻って、今、ギリシャ国債の民間保有者とギリシャ政府の間で、借金棒引き率(ヘアーカット)7割程度で話を纏めようとしているよね。あなたの国の首相は、これで纏められると語っているが、ギリシャ国民として本当に受け入れられるのかい?」
叔父「払えるものは払わねばならないが、払えないものは払えない。それがヘアーカット7割なのか9割なのか、私には分からないよ。分かっているのは、もうこれ以上の緊縮案は、我々に路上生活者になれと言うに等しいということだ。」
筆者「今日は皆の考えを徹底的に聞かせてもらった。大変僭越ながら、一外国人として私の意見を述べさせてくれ。この国がどうなるかについてだが、優秀な若者は外国へ逃避して、シニア層が居残る過疎の国となると思う。国内産業は、元々空洞化している。デフォルトになるか否かについては、当分、瀬戸際政策が繰り返され、デフォルト寸前までいって、そこで先延ばし的な妥協が成立するが、いずれまたぶり返す。そのうえで、ある臨界点に達し、いよいよこのままゆけば市場破壊的なデフォルトで全員負けの状況が確実となった時点で、やっと欧州全体が纏まり、本格的デフォルトは回避されるのではないだろうか。かなりきつい言い回しで、皆さんが気を悪くしたらごめんなさい。でも、そう思う。」
叔父、フィアンセ君、黙って頷く。
ママは無言。娘は諦めの手を広げるジェスチャー。
そしてママが「ジェフ(筆者のニックネーム)。貴方は、講演のし過ぎで声がかれてるようね。私の手作りの喉に効く花梨ジャムを分けてあげるからお持ちなさい。」と気遣いつつ、ハグハグしてくれた。
最後は、アラサー夫婦の「4か月後の結婚式には是非来てね。」というご招待にウルウルしつつ、郊外の駅で別れた。

2012年