豊島逸夫の手帖

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有事の金から有事の円へ

2012年6月1日

欧州系銀行の富裕層向けプライベート・バンキング・グループの幹部と話した時のこと。「金売り、円買い」を「有事対応」として勧めていると言う。有事の金は売り、円に逃避、というわけだ。
政局は混迷。公的累積債務は1000兆円突破。少子高齢化。そんな国の通貨が「欧州有事」で避難通貨としてなぜ買われているのか。日本にいると生活実感との落差を感じるのだが、欧州に来ると、「やっぱり日本円か」と思ってしまう。「今の円高は日本経済の実態を反映していない」という今朝の安住財務相発言はもっともだが、欧米経済の実態の悪さにはより切迫感がある。

近年の外為市場は米ドル、ユーロ、円の「弱さ比べ」の様相であったが、ここにきて、ユーロの一人負け状態。残る二通貨のどちらがless bad=相対的に悪くないか、という判断基準で今年は米ドルが浮上して円安ドル高に振れた。しかし、その米国経済も雇用統計、住宅関連統計が冴えず、fiscal cliff(崖っぷちの財政)が懸念される。こうなると「円のほうがマシ」と感じてしまうのだ。不等式で表せば、円>米ドル>ユーロ。
欧米の投資家が円に安堵感を覚えるのは、1400兆円を超す個人金融資産というコクーン「繭」に覆われているからであろう。公的債務の絶対額がどれほど大きくても、民間貯蓄残高が上回る限り、solvency(債務返済能力)に問題はない。
しかし、米ドルとユーロ域内にはソルベンシーの問題が厳に存在する。
その点、金は「誰の債務でもない」と表現されるのだが、発行体のない「無国籍通貨」だ。ソルベンシーの問題など起こるはずもない。
そこで欧州ソブリン危機に際しても「有事の金」として買われずはず、であった。しかし、逆に売られる局面が多発している。

なぜか。

金はソルベンシー危機には強いのだが、liquidity(流動性)危機には弱いからだ。
クレジット・クランチ(信用収縮)が生じると、金利を産まない金は真っ先に売られる。金融機関やヘッジファンドが金の流動化に走るのだ。
今年に入ってからの動きを見ても、ECB(欧州中央銀行)がLTRO(民間銀行への無制限3年間年率1%融資)を実行してから、当面の流動性危機は回避され、金価格も一時は1800ドルに迫るまで反騰した。
しかし、マーケットはECB依存症の症状を呈し始め、スペインの大手銀行バンキア救済案として同国政府がスペイン国債を同銀行親会社に「公的投入」して、その国債をECBに買い取ってもらう、というなんとも都合の良い策を提示するや、さすがのECBも「切れて」一蹴。5月30日の欧米市場では金価格が30ドル急落して1530ドル台まで沈む局面も見られた。
なお、その後、1560ドル台にまで急反発してかろうじて「有事の金」の体面を保ってはいる。

そして、貴金属セクターの中では、有事に強い金と、有事に弱いプラチナの差が金プラチナ価格逆転現象に鮮明に表れている。
本稿執筆時点(6月1日日本時間朝7時)では、金価格1560ドル、プラチナ価格1410ドルと値差が150ドルにまで拡大中だ。
一時は1400ドルの大台を割り込む局面も見られた。
欧州景気後退、中国経済減速の波をモロに被る産業用素材としてのプラチナと、通貨の顔を持ち新興国が外貨準備として購入を増やす金とのファンダメンタルズ(基礎的条件)の違いが背景にある。
新興国政府は、ポートフォリオ運用というより、「経済安全保障」の観点から「誰の債務でもない」金という無国籍通貨の保有を増やしているのだ。
新興国の公的セクターに於いては「有事の金」は生きていると言えよう。

さて、明日土曜日昼12時5分からテレビ東京、BSジャパン経済の番組「マネー羅針盤」に生出演します。↓
http://www.tv-tokyo.co.jp/index/timetable/

金ではなく、ギリシャ問題について語る予定。
それから、今週号の東洋経済誌の綴じ込みでは、「金融政策不信を映す金高騰」と題する取材記事が出ています。

2012年