豊島逸夫の手帖

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仏新大統領も「ドジョウ型」

2012年5月7日

「ユーロより雇用」
フランス選挙民の選択である。
地域共同通貨ユーロ導入は、域内の労働移動性を高め、雇用を促進するはずであった。しかし、主権も文化も異なる国の労働者は故郷去り難しの念強く、域内各国の失業率は大幅に乖離した。更に、中国が欧州に向け自国製品と共に失業も輸出する結果となった。
加えて、欧州債務危機はユーロ加盟国に厳しい財政規律を課した。この緊縮財政により域内経済は減速。失業率悪化は加速。
経済理論に従えば、財政均衡達成と雇用増加を両立させる経済政策は「構造改革」以外には無い。
しかし、斜陽産業から「比較優位」を持つセクターへ労働力が移動する過程では短期的にせよ失業率悪化が避けられない。

このような状況下で選挙民の心は揺れる。国内でも比較的余裕のある勝ち組は「ユーロ維持の為に、多少の犠牲はやむを得ぬ」と語る。対して、失業の危機に瀕する多くの負け組は「ユーロを維持するための緊縮にはこれ以上耐えられない」と反発する。
フランスでは、大統領選挙の得票率を見ても、民意は、ほぼ真っ二つに割れている。
国民的コンセンサスが固まらない状況下で、フランスでも選挙民が国の指導者として、「派手」な前任者への反動から「地味に合意を模索するドジョウ型」の人物を選択したことは興味深い。支持者たちの大歓声を抑える如く「怒りや対決の勝利ではない」と語りかけた勝利演説第一声が印象的だ。
新大統領の最初の外遊先は当然ベルリンとなろう。そこでドイツの財布の紐がやはり堅ければ、次の訪問先は、北京となるのだろうか。

そして、ギリシャ。
ここでは遥かに切迫感が強い。ゴミ箱を漁るより尊厳死を選ぶと叫ぶ焼身自殺者が出たことが象徴的な出来事。とにかく糊口を凌がねばならぬ。
といっても有効な手立てが見つかるはずもない。
選挙結果も、得票率20%以下の党乱立。
ナチの臭いがする右翼政党の得票率が前回選挙の0.8%から8%前後にまで急増したことが象徴的。
アテネで家庭訪問したとき、「日本人はナチと組んだことがあるから嫌いだったが、大震災後の頑張りを見て心が変わった。しかし、緊縮を押し付けるメルケルだけは許せない。」と語った温厚なシニアの女性の言葉を思い出した。
捌け口のない「民意」の一部が極端な投票行動に出ているのであろう。
アテネ市民の心は既に政治不信に満ち、選挙への期待感も薄い。投票所も怒りを投票用紙にぶつける場でしかない。
なお、ギリシャは現首相が「ドジョウ型」である。しかし、国民的コンセンサスが達成されるにはほど遠い。
新たに、どのような連立政権が成立しても基盤は脆弱だ。
今回の選挙は、ギリシャ第二次救済案の可否を直接ギリシャ国民に問う最初の機会であった。結果は明らかに「緊縮拒否」。
今後5-6月は、ギリシャ債務問題が再び「不安定期」に入ることになろう。

マーケットは、フランスのドジョウ型大統領に対する不安感と期待感に揺れ、ギリシャ政局には警戒感を強める。
債務危機トンネルの出口が見えぬまま、緊縮に起因する経済減速がジワリ進行する。
ECBがLTROにより市中に超潤沢な流動性を投入しているが、そのマネーが銀行融資を通じ雇用を促進する分野を潤しているとは思えない。
南欧経済問題の「流動性」危機はLTROで回避されているが、「債務」危機解決のための緊縮財政、そして構造改革は選挙民に痛みを課すので拒否される。
しかし、この痛みを受け入れねば、南欧国債の利回りは下がるまい。

2012年