豊島逸夫の手帖

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年金運用最前線からのレポート

2012年2月27日

筆者と年金運用の世界との関わりは、10年前に遡る。米国最大の年金基金カルパース(カリフォルニア州職員共済年金基金)のCEOを勤めた米国人のボスの元で、6年間働いた時である。この人物が、今やNY証券取引所に上場されているETFのなかで、S&P500に連動する株価指数連動型ETFを抜き運用残高でトップになった、金ETFの発案者だったからだ。
この金ETFを通じ、大量の欧米年金マネーが金市場に流れ、現在の金高騰の主要要因の一つになっている。
この事実が、最近、日本の年金関係者にも知られることとなり、最近の筆者のセミナー講演も、半分以上が年金関係者の勉強会になっているほどだ。
グロ―バル・ペンション・シンポジウムなる年金基金セミナーで、「年金運用におけるβ(ベータ)分散」というテーマのパネルディスカッションに担ぎ出されたこともある。パネリストは年金運用執行理事さんたちであった。
当該業界内での交際範囲も広がるにつれ、日本の年金運用の実態についても思い知らされていた。その矢先でのAIJ問題。筆者には、驚きとは映らなかった。
要は、「サラリーマン運用」なのだ、日本の年金運用は。
勉強会で真っ先に出る質問は、「よそさんはどうなんでしょうか」。
勉強会開催の真の目的は、運用対象に金を加える準備ではなく、他社が先行して金投資を始め、運用パフォーマンスが改善した場合、当社でも「検討を始めていた」ことを、書類ファイルに残しておくためなのだ。
「金」というようなシングル・アセットで、しかもエキゾチックなアセットをポートフォリオに加えることは、サラリーマン機関投資家にとっては冒険である。しかし、欧米でトレンドになっているとなると無視できない。そこで彼らが一番嫌うのは、自らがパイオニアとなり、フライングの結果となることだ。上司にどれだけお灸をすえられることか。しかし、もし、大手の一社が始めるいなや、「なぜうちはやらんのだ」とばかりに、またまた上司から叱咤されるも必至。そのときに「当該案件に関して準備作業を既に進めている」と言えるか言えないか。これが重要なのだ。特に、今回問題になっている中小の年金基金の場合、担当の年金理事のポストは、人事・財務など管理部門の「あがり」のポジションと看做される場合が頻繁に見られる。あと2年つつがなく働けば、無事定年を迎える人達である。なんとか、自分の任期の2年間はJGB(日本国債)で凌ぎ、後任にバトンタッチしたい。筆者に言わせれば、金よりJGB大量保有のほうが、はるかにヤバそうに思われるのだが。(いずれとても悲惨な2年間の任期を担当することになる人がいるように思える。)個人的知り合いの年金理事からは、「俺が任期の2年間は放っておいてくれ」と懇願されたこともある。
とにかく自分で責任を取りたがらないから、スケープゴ―ト探しには極めて熱心である。
年金理事に天下りを採用する場合が、その典型であろう。
更に、年金コンサルという会社が便利に使われる。プロの立場から年金運用のアドバイスをするわけだが、ここに高いフィ―を払うのも、本音は運用が他社より劣った場合のスケープゴ―トに使えるからだ。
筆者のような「色がついていない」専門家が招聘されるのも、もし、金での運用を開始して、金価格が下がった場合のスケープゴ―トなのかも、と感じることもある。
だから、件のAIJに、多くの中小年金が飛びついたのも合点がゆく。おそらく、AIJのセールスの殺し文句は「これだけ他社さん、否、他社様から契約をいただいています。」しかも、中には大手の名前も混じる。
筆者が唖然としたエピソードとしては、大学基金のケースであるが、「デリバティブ運用担当」という名刺を差し出す担当者が、前月までは、長く郊外の図書館員を勤めていたという事例であった。
年金セミナー後の親睦会の光景も印象的だ。かたや、鼠色のスーツのおじさん理事たち。対して、外資系金融機関のセールス軍団の多くが、ミニスカートのアラサ―たち。思わず、集団お見合いの場を想像してしまった。酒の入った席で出る本音トーク。セル・サイド(販売側)の部長さんは、「同じような商品を売るために列をなして競うわけで、ここはピチピチの女性が訪問したほうが、まずは話を聞いてもらえる」と、こともなげに語る。
このような日本の年金の実態を直接見てきたので、AIJなど氷山の一角にも思えるのだ。
なお、今回問題視されている「市場が低迷していても絶対収益を追求するヘッジファンドなどの代替投資(オルタナティブ)」についても、「絶対収益を追求」という言葉が独り歩きして誤解を産みやすい。筆者が派遣された米国ウオートン・ビジネス・スクールで学んだMRT(近代ポートフォリオ理論)では、あくまでリスクとリターンの最適な組み合わせを追求するのである。そこで、代替投資の最大のポイントは、リスクのベクトルが異なる投資媒体を加えた場合、ポートフォリオ全体のリスクが減り、リターンが増える可能性があるということなのだ。
冒頭述べたカルパースで9年間CEOを勤めた元ボスの口癖は「株、債券などの伝統的アセットクラスだけでは分散が効かない」。特に、9・11、リーマンショック、そしてギリシャ危機などのテ―ル・リスクに対して、年金ポートフォリオが無防備な裸の状態にある。そこで、金などが分散対象、リスク・ヘッジとして使われるわけだ。ところが、日本の場合には、年金運用システムそのものが、テール・リスクを孕むように思える。

2012年