豊島逸夫の手帖

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「川向こう」の金の世界

2012年4月6日

株は楽観論で育ち、債券は悲観論で育つ。
金はといえば、新興国楽観論と先進国悲観論で育つ。
筆者がスイス銀行時代に痛感したことである。
そして、金には通貨(カレンシー)の世界と商品(コモディティー)の世界が同居している。
筆者がチューリッヒのスイス銀行の外国為替貴金属部で働いていたときのこと。ある日、サスペンダー姿の米国人トレーダーの一群がドヤドヤと入り、外為貴金属トレーディング・ルームの一角に陣取った。ダーク・グレーのスーツに身を包んだスイス銀行マンとは、明らかに異なるオーラを発している。実は、買収したシカゴの商品会社からの移籍組だったのだが、企業文化の全く異なる「水と油」が融合するのに2年はかかったろうか。
発想が全く異なる。商品の世界の出身者では金の需給を重視する。対して、筆者のような金融の世界で育った人間は、マクロ経済や通貨動向を重視する。
通貨と商品の二面性を持つことが、原油やプラチナと異なる金の特徴であるから、アナリストの世界でもコモディティー・アナリストのみならず、FXアナリストの領域にも入る。
更に、冒頭に述べたような、株や債券とは異なるリスク・プロファイルを持つので、証券会社もポートフォリオのアロケーションの選択肢として、戦略的にノン・コアからコアとして扱うようになった。
筆者は、米国最大の年金基金カルパース(カリフォルニア州職員退職年金基金)のCEOを9年務めた米国人の下で6年ほど働いたこともあるが、そこは、スイス銀行での通貨の世界とは、これまた異なる世界であった。
保守的な業界から見れば、金など「エキゾチックな」商品は「川向こうの世界」である。
それが、商品取引所から証券取引所でも売買されるようになると、自分たちの世界に入ってきたという認識が強まる。
経済メディアの扱いも、「商品面」と「証券面」と「金融経済面」にまたがる存在になりつつある。三つのフュージョンの部分が最も「おいしい」ところだから、従来の縦割りではもはや、その全体像を伝えることは無理である。
ちなみに金の世界にいると、宝飾品を通じ、ファッションの華やかな世界とも常に接している。電子部品需要も重要であるから、「産業面」とも密接な関係を持つ。金融マンの欧州出張で、同日のスケジュールに中央銀行訪問とハイテク企業訪問とパリコレ招待が並ぶようなことは他にあるまい。
シングル・アセットではあるが、何年やっても飽きないセクターである。

2012年