豊島逸夫の手帖

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高血圧の米国経済、低血圧の日本経済

2012年2月16日

高血圧の夫と低血圧の妻。こういう中年夫婦が同じ部屋で生活すると、エアコンの調整が難しい。
経済にも国別の血圧差が顕著だ。
ドクター白川は、日本経済の所見を低血圧症と見る。そこで思い切った追加金融緩和という施療で、消費者物価上昇率という血圧の前年比の1%まで引き上げを目指す治療方針を採った。しかし、追加金融緩和という施療で「通貨供給」という投薬を増やしても、血圧が容易に上がらない。「流動性の罠」と呼ばれる慢性的症状に、日本経済はとりつかれている。

一方、ドクターバーナンキは、米国経済の望ましい血圧を2%と見る。日本経済1%との違いは、基礎体力の差としか言いようがない。もし2%以下に下がったら、特効薬の「QE3」という劇薬を処方する治療方針だ。しかし、既に2回に亘りQE施療を繰り返し、それなりに「雇用」という経済の基礎体力に改善の兆しが見られるので、FRBという医師団チームのメンバーから、過剰投薬を懸念する声もかなり出ていることが、昨晩発表されたFOMC議事録で明らかになった。過剰投薬は、高血圧症状再発の合併症を招きがちなのだ。肉食系の米国人は、メタボ体質ゆえ血圧も上がりやすい。しかし、ドクターバーナンキは、リーマンショックという超低血圧発作で、患者が瀕死の状況に陥った病状の再発を恐れる。その結果、FOMC議事録では、医師団内の「温度差」が露わになっている。(別表は「利上げ」という降圧剤投薬の時期を巡る意見が割れていることを示す。)

1150.gifマーケットは、2014年終盤まで降圧剤投薬せず、とのドクターバーナンキの基本方針を織り込み、更に、「QE」という劇薬投与依存症の兆しも見せている。もう一回は投与してほしい、と麻薬常用者の如くせがむ。
なお、高血圧時には「ゴールド」という古代から存在する妙薬もあるのだが、最近はその値が張ってきて、なかなか庶民には手が出ない。そこで、毎月、少量ずつ買って、将来の高血圧に備えようという商品も店頭で売り出されている。

それから、欧州経済と中国経済の血圧も問題だ。
欧州経済、特にドイツ人は、ワイマール時代にハイパーインフレという超高血圧発作を経験しているので、伝統的に血圧が高くなるほうに神経質だ。特に、ECB前総裁のドクタートリシェは、頑なに降圧療法(利上げ)にこだわった。しかし、欧州経済には伝染性の高いギリシャ型ウイルス性低血圧症候群が拡散してきたので、新任のドクタードラギは、治療方針を180度転換し、低血圧予防のための「利下げ」、そして「民間銀行へ3年間金利1%の無制限融資」という新ワクチン投与に踏み切った。マーケットでは、米国流QEの欧州バージョン実施の可能性も、期待感を込めて囁かれる。
そして神戸、否、中国。
この国の経済は、血圧の変動が激しい。トップダウンで病院理事会の長老たちの発言力が強いので、中国人民銀行のテクノクラート集団の医師団も、治療方針をコロコロ変更する。血圧(消費者物価上昇率)が年率6%台から4%にまで鎮静化してきたので、金融引き締め方針を緩和方向へ一気に転換したが、その矢先、直近で4.5%まで再上昇してきたので、医師団も微妙な綱渡りを強いられている。マーケットは、締め過ぎのハードランディング症候群を危惧する。但し、この国の強みは、金利の絶対水準が3%台で、ゼロ金利までの下げ余地が十分にあるので、金融政策の懐が深いことであろうか。一方で、おカネのバルブを緩めると、途端に不動産バブル再燃のリスクもあるので厄介だ。

こうして世界経済を俯瞰すると、金融当局が目標インフレ率1%達成に四苦八苦せざるを得ない、日本経済の基礎体力不足が際立つ。株価も緩和マネー投薬効果で上昇中だが、やはり真の体力が回復するまでは、"忍"の一字と感じている。東洋の日本人には、漢方の穏やかな処方が合っているようにも思う。投資法も"肉食系"より"草食系"が日本民族のDNAに馴染むことは、筆者が投資最前線で個人投資家と対話するたびに痛感することだ。

2012年