豊島逸夫の手帖

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中国経済のニューノーマルは二宮尊徳?

2012年3月6日

昨日の欧米市場は株も商品も「中国経済成長率目標7.5%へ引き下げ」のニュースに揺れた。
過去10年間平均で二桁成長に慣れきった中国経済にとって7.5%への減速は、高速道路から一般道路に降りたようなもので、中国国民の感じるスピード感覚としてはあたかも車が止まったかのような錯覚に陥るやもしれぬ。
しかし、北京の党長老が最も嫌うシナリオが「社会不安に根差す暴動」。その原因となる国民の不満の最大公約数は「失業」や「インフレ」もさることながら賃金などの「格差」にシフトしてきている。マクロ経済的に見ても、最低賃金が上がらなければ、輸出・公共投資依存型経済から消費・内需主導型経済への移行も覚束ない。
中国経済の長期的ソフト・ランディング達成の条件として、経済成長率という「量」より、汚職撲滅、社会セーフティーネット構築、格差是正などの「質」への転換は避けて通れない。
しかし、「質」の向上は一朝一夕には成らず。温家宝首相は、中国経済政策が「漢方療法」ということをしきりに強調する。日米欧金融当局の処方箋である通貨というステロイドの大量投入は「蘭学」扱いである。そもそもゼロ金利状態が続き財政・金融政策ともに万策尽きた日米欧先進国に比し、中国は、未だ経済政策の懐が深い。ハード・ランディングの兆しが顕著になれば即、強力な財政出動や利下げで対応できる余力を残す。ねじれ国会の日米、主権国家集合体のEUと異なり、トップ・ダウンで経済政策の大胆な舵取りを断行できる。「質」への転換は「漢方療法」なれど、テール・リスクが生じればER(緊急治療室)で対応する。

なお、現在の中国経済では「三奴」(カード、部屋、車の奴)の傾向が蔓延しつつあることが社会不安の温床ともなっている。
その背景には「四大格差」の存在がある。
中国の東部と西部の間の「東西格差」、都市と農村の「城郷格差」、国営企業と私営企業の「業種間格差」。電力、電信、金融、保険、水道ガス供給、タバコなどの国営企業の職員は全国職員総数の8%に過ぎないが、全国職員の給料総額の55%を占めるという。そして「貧富格差」。世界銀行の統計によれば、中国では1%の家庭が41.4%の資産を保有している。
この「四大格差」是正のロール・モデルとして中国知識階級の間で注目されている人物の一人が、なんと日本の二宮尊徳なのだ。彼に関する論文も北京大学から出回っている。
仁愛互助、公平共栄の人間らしい社会の構築を追求する「ヒューマン・エコノミー」の実現のためには、二宮尊徳の「推譲倫理」の考えが参考になるというのだ。
「推譲倫理」は、私利私欲を完全に否定するのではなく、「一粒の米を推し譲ってそれをまけば、すなわち百倍の利を生ずる」という論理だ。これを現在の中国に当てはめれば、東部地区が西部地区に、高利潤の業種が低利潤の業種に、裕福な人が貧乏な人に利益を推し譲ることによって、ヒューマン・エコノミーに資するということになる。
中国の経済成長率重視は、人間性の欠如、道徳の崩壊、拝金主義の横行というモラル危機を招いた。そこで、知識層が、日本人二宮尊徳の「恩に感じ、徳に報ゆる」という「報徳思想」に着目したことは興味深い。

2012年