2015年2月10日
まさか、とは思っていたが、ギリシャのユーロ離脱懸念が欧米市場では、これまでにない切迫感を持ち語られ始めた。
日本時間10日午前2時から始まったホワイトハウスでのメルケル独首相とオバマ大統領の記者会見を、米経済チャネルは通常番組ほぼ1時間を割き、生中継した。
オバマ大統領の主題は、なんといってもウクライナ。
軍事供与をちらつかせるオバマ大統領と、あくまで外交的解決を強調するメルケル首相との間の微妙な不協和音は解消されず。
ところが、ギリシャ問題になると、メルケル首相の「譲れず」との強硬姿勢と、「なんとか妥協できないものか」とのオバマ大統領の姿勢の間に、もう一つの不協和音を感じる。
「構造改革の痛みに耐え、アイルランド・スペイン・ポルトガルは復活したではないか。」
メルケル首相は冷たく言い放った。
「緊縮継続」こそギリシャ金融支援の大前提。ギリシャも緊縮の痛みに耐えよ、とばかりに、ボールをギリシャ側に投げた。
その「緊縮」の実態をアテネで見てきた筆者は、アテネ市民の気持ちも分かる。
40代の共働き夫婦は、「二人ともリストラされ、蓄えはあと半年で底をつく。」そのあとは「恥を忍んで、教会のお世話になるしかない。でも、周囲をはばかり、隣町の教会に行く。」と涙ながらに語った。
フィアンセはITエンジニア、自分は歯科医の女性は、「ギリシャを捨て、ロンドンかフランクフルトに移住したいが、年金カットされた同居の母のことが気がかりで決断できずにいる。」とため息まじりに話した。ギリシャの「団塊の世代」は、日本のような蓄えを持たないのだ。
市内のいたるところにある「金買取ショップ」の店頭光景も日本とは様変わり。「古いジュエリーが現金になってラッキー。」という笑顔はまったく見られず。「明日のパンを買うために、母からもらった思い出のゴールド・ジュエリーを泣く泣く売りにきた。」という例に代表される悲壮感が漂う。
とはいえ、ギリシャ国民も、虫が良すぎるとも感じる。
「現行のギリシャ救済スキームは、その失敗によりキャンセルされた。」
先週、ブリュッセル・フランクフルトなど主要国行脚を終え帰国したチプラス首相の国会での第一声だ。
国外では、歩み寄りの姿勢もちらつかせ、国内では、脱緊縮の公約維持を強調する。
そのうえで、金融支援の返済を30年から40年に延ばし、かつ、最初の10年の金利は猶予せよ。これが、ギリシャ側の目論見のようだが、これでは通るまい。
「そもそもギリシャ側からの救済要求に答えただけ。その条件を守ることができないなら、手を引くだけ。我々が救済案を押し付けたわけでもない。助けてほしくなければ、しょうがない。」
ギリシャのバルファキス財務相と会談を終えた後、ショイブレ独財務相はこう語っていた。
ジャンク債同然のギリシャ国債を担保に年率0.05%の特別融資を続けてきた欧州中央銀行(ECB)ドラギ総裁も、先週ギリシャ財務相との会談直後「深夜の怒りの撤回宣言」を発表した。
もはや、ギリシャのユーロ離脱もやむをえまい、との観測が現実味を帯びるのも当然という成り行きである。
メルケル首相は、ホワイトハウスでの記者会見で「ギリシャがユーロにとどまることを前提とする。」と語ったが、ベルリンに戻れば、独選挙民の国民感情を無視できまい。
特に、チプラス首相が、ドイツの第二次大戦賠償問題を蒸し返し、歴史認識の違いを持ち出してきたことが、独世論の神経を逆なでしている。
いっぽう、アテネで家庭訪問したとき、筆者が日本人と見るや「あなたの国はナチと共謀した歴史を持つ国。」と冷たく語った団塊の世代のお母さんの一言と、それを諭す娘の姿が忘れられない。
メルケル首相が、アクロポリス神殿に、パラシュート部隊と落下する戯画が印象的だった。
EU/IMF/ECBのトロイカは、すでに日本円換算で32兆円もの巨額をギリシャにつぎこんだ。
ここで、ギリシャに夜逃げ同然の「ユーロ離脱」されれば、その大金をどぶに捨てた結果となる。
引くに引けない救済側の立場を見抜き、チプラス首相は強硬発言を繰り返す。
しかし、これ以上救済支援資金をギリシャに入れても、受け入れ側の実態は「ざる」のようなもの。
ギリシャ情勢が年内に臨界点に達し、ドイツ側がギリシャのユーロ離脱やむなしと見切る可能性は小さくない。
なお、アテネの金買取ショップは、今や、数少ない「成長産業」。地下鉄の駅を降りると、必ず2-3店が目に入る。この写真の店舗はチェーン店。そして、そこのオーナーと。