豊島逸夫の手帖

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一帯一路 終着駅はアテネ

2015年7月2日

ギリシャのユーロ離脱をひそかに願っているのが中国に思える。

ドラクマに戻れば、ギリシャで狙っている戦略的物件を安く買えるからだ。しかも、ギリシャ国内の混乱の中で、「白馬の騎士」役を演じることが出来る。これまでは、中国資本による買収が、警戒の目で見られていた。しかし、仮にユーロ圏を離れれば、背に腹は変えられず、チャイナ・マネーも「熱烈歓迎」せざるを得まい。

中国側から見れば、「一帯一路」の終着駅をアテネまで延ばす絶好のチャンスと映るのではないか。

筆者の体験でも、ギリシャ危機真っ只中のアテネとフランクフルトを廻ったとき、最も印象に残ったのが、アテネ郊外の港町ピレウスでの光景だった。

港湾設備がジワリ中国資本に買収されつつある。既に、中国遠洋運輸集団(COCSO)は、二つのコンテナ埠頭を管理。更に、港の管理会社ピレウス・ポート・オーソリティーの民営化計画に関心を示し、入札に参加して、ピレウス株の過半数取得をめざし、カメノス国防相と協議をすすめているという。

バルカン半島最南部というロケーションは、中国からみれば、一帯一路のアジアからの終着駅、欧州への始発駅となる可能性を実感した。軍事的にも、海軍補給基地としてのポテンシャルがある。

いっぽう、現地ではギリシャ人の中国人に対する警戒感が根強いことも体感した。筆者はしばしば中国人に間違えられ、日本人と分かると、一転親近感を持ち接してくれたのだ。

ピレウスでは中国人幹部との労働争議も起こったという。この住民感情に配慮して、港内に中国語表記は一切なし。クレーンなどを青色に塗って、中国系と識別できるようになっている。ちなみに、中国側は、ギリシャ国内の鉄道網、そして国際空港の利権に興味を示しているという。

いっぽう、国内経済停滞とはいえ、これまで積み上がったストックとしての膨大なチャイナ・マネーが、投資先を求めて、世界中を徘徊している構図は変わらない。

中国民間銀行や取引所のアドバイザリーをやっていたときのこと。

一時は4兆ドルを超えた外貨準備を運用する優秀なテクノクラート集団と北京で会った。外国為替管理局と政府系ファンドの運用担当者たちだ。アルマーニのスーツ。中国語なまりのない綺麗な英語。欧米の大学でMPT(近代ポートフォリオ理論)を専攻。彼らと北京で話していると、ウォール街にいるかのような錯覚にとらわれる時もあった。

かと思えば、暴れまくる投機マネーも上海で体験してきた。投資セミナーの講師として招聘され、個人から自称ヘッジファンドを名乗る人たちなど、幅広い中国人投資家たちと直接対話したのだ。

日本のセミナー風景と決定的に異なるのが、質疑応答セッション。会場内の400人近くが、ほぼ全員手を挙げる。「私を指名して」と言わんばかりに、自らを指さす。

日本人は、相場が急騰すれば、警戒して様子を見るが、中国人投資家は「ここまで上がったのだから、もっと上がる。」という発想になる。

これは、民族的DNAの違いとしか、いいようがない。

アクションも速い。セミナー後、会場内に多くの参加者が残り、かん高い声で、しきりに議論している。通訳に問うと、「私はこの株が上がると思う。」「いや、上がるのは、こっちの銘柄だ。」と初対面の人たちが、口角泡を飛ばし議論しているのだ。このまま、証券会社のカウンターに向かいそうな勢い、と中国人通訳も苦笑していた。

最近は、株式投資ゲーム・アプリが400万もダウンロードされ、「練習」した初心者が、いきなり、信用口座を開設して、実戦に移る。

今回の上海株急騰後急落の過程でも、初心者はひたすら買い続ける。しかし、中上級者たちは、高値で売り抜けている。自社株を売買して儲けた話を得意げに語られると、脆弱なコンプライアンスを実感する。

今回の下げで大損した初心者たちが撤退しても、新たな予備軍が、安値を狙うところに、市場の潜在的厚みも感じる。実際に株式投資をしている人たちは、マクロ的に見れば、まだまだ少数派なのだ。

ヘッジファンドを名乗る一群もいた。名刺には「2009年世界経済危機予測」などの「実績」が誇らしげに印刷されている。この人たちは、規制が緩和されれば、日本株でも暴れそうな予感がした。

なお、株で懲りた投資家が向かう先が、中国版マネー・マーケット・ファンドだ。

長めの預金や債券に投資して、4%以上のリターンを捻出する。しかし、運用先についての情報は開示されていない。

1人民元から投資できて、いつでも解約可である。

この長短運用ミスマッチの危うさを、顧客が理解しているとは思えない。

しかも、ネットを通じて、クリックひとつで売買できるので、アリババも早速、同商品の発売を開始したところ、残高が急増中だ。

政府にとっても、中国金融自由化の目玉商品なので、リスク開示などの規制にはおよび腰のようだ。

販売現場では、安易に「株より安全な投資商品」として売られ、元本保証は当たりまえと勘違いしているらしい顧客を見ると、危うさを感じざるを得ない。

俯瞰すれば、一口でチャイナ・マネーといっても、さまざまだ。

人民元が自由化されれば、流動性があり、リスク選好度が高い投資家をかかえる中国市場が、欧米市場に対峙する時代が来ることを実感している。

ギリシャ向け投資案件は、その一例に過ぎない。

さて、金価格は1160ドル台。プラチナがジワリ上昇して、1080ドル台。さすがに逆ザヤが100ドルに達すると、プラチナも割安感から買われて、自律反発。店頭でもプラチナ現物が売れてる。

青色の中国系コンテナ埠頭が目立つピレウス港

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上海でセミナー講演したときの会場風景

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週刊東洋経済今週発売号に寄稿。

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2015年