豊島逸夫の手帖

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アテネの母はユーロ離脱派、割れる民意

2015年6月26日

アテネで家庭訪問したときのこと。

日本からのゲストを前に、家庭内論戦が始まった。

口火を切ったのは、団塊世代のお母さん。

「実は、私は日本が嫌いだったのよ。だって、大戦のときにナチと手を組んだでしょ。」

いきなり歴史認識問題で切り込んできたか、と一瞬構えてしまったが、笑顔になり、こう語りだした。

「でも、東日本大震災という未曽有の災害に見舞わられても、あれだけ国民が一丸となって頑張れる国と知って、見方が変わったのよ。

ギリシャ人も日本人に倣ってこの経済危機に対し、もっとまとまらねばだめよ。特にメルケル首相の実質的支配には断固戦うべきよ。ドイツだけは未だに好きになれないわ。ドイツと一緒の通貨を使うなんて止めたほうがいいわよ。」

ここで、娘のフィアンセ君が強く反論。

「お母さん、それはダメ!ユーロ離脱したら、たちまちハイパーインフレになってしまうんだよ。」

娘さんも黙っていない。

「でも、ユーロ圏にしがみつこうとするからギリギリの緊縮生活を強いられているんじゃない。ギリシャ国民はプライドが高いのよ。あなたは、ハンガリー出身だから分からないかもしれないけど。」

そこで、同席の叔父さん(やはり団塊世代)が口をはさんだ。

「これ以上の緊縮生活は我々に路上生活者になれと言うに等しい。払えないものは払えない!」

ここから、彼の大演説が始まった。

「この国は独裁体制が崩壊してから二大政党が世襲的に首相の座に座り続けた。腐敗も横行し、税務署員に賄賂を渡せば納税額を減らしてもらえる。国民にも順法意識が欠けている。ここに来るとき地下鉄駅前で無秩序に駐車する光景を見ただろう。駅から半径100メートル以内の道は全て駅までの通勤車で埋まり、公務員カットの警察も取り締まる余裕もなく、運転手も駐車ルートを守ろうという意識などない。そういう国柄だからこそ、国の財政の真の数字を偽って報告するんだ。それに、国民の多くは、自分の庭が手入れされていれば、人の庭がどうなろうと無関心。だから、危機に際して国民が団結して乗り切るという発想が希薄なんだ。」

そこでフィアンセ君も語りだした。

「結婚式まであと4か月。心配なのは結婚後の人生設計だ。子供とか持家とかの長期的コミットメントは出来ない。結局、海外脱出を考えている。彼女は歯科医の技術持っているし、英国で3年暮らしたこともあるから全く抵抗感はない。私もITエンジニアだから、できればフランクフルトで働きたい。でも、問題は後に残されたシニア世代だ。日本と違って蓄えがないから年金カットされるとひとたまりもないんだよ。」

最後に筆者が家族全員にずばりユーロ離脱は回避されるか、聞いた。

叔父とフィアンセ君は、黙って頷いた。ママは無言。娘は諦めの手を広げるジェスチャー。

この家庭は、アテネの典型的な中産階級。内装も質素ながらキレイだ。しかし、トイレを借りたら、水が出なかった。インフラが傷んでいるが、修復する余裕はないのだ。娘さんも歯科医だが、いまどき市民に虫歯治療の余裕などないので、開店休業状態。そこで、アルバイトで筆者のギリシャ語通訳をやってくれたわけだ。

他にも家庭訪問したが、総じて、筆者が感じたことは以下の通り。

1)オスマントルコの異民族支配の歴史が長かったので、法律は他国が決めて、おしつけてくるもの、との発想の名残を感じる。

2)アテネ・スパルタなど都市国家から成り立った歴史があるので、国家に対する帰属意識が薄い。ギリシャ国債も、「他人事」という受け止め方が多い。

3)西洋文明の発祥国とのプライドがいまだに残る。チプラス首相の発言にも、債権団の要求は「国の威厳を踏みにじり屈辱的」という表現が目立つ。市民レベルでも、いよいよ教会の慈善事業に頼らざるを得なくなると、ご近所の手前、隣町の教会に出かける。

4)過疎化が急速に進んでおり、このままゆくと、少子高齢化加速は必至。将来の経済成長見通しの基盤が覚束ない。緊急流動性投入で時間かせぎは出来ても、長期的債務返済能力の目途がつかない。現在進行中の最終救済交渉にしても、増税・歳出減でプライマリーバランスを黒字化する発想では、経済の基礎体力が蝕まれてゆく。経済成長回復を目指すには、債権団にも債務一部削減・返済期限延長・返済条件緩和やむなし、の妥協も必要だろう。だが、IMFは妥協を認めても、ドイツは受け入れがたい。一方、チプラス首相も割れる民意をまとめきれない。期限の6月30日まで、あと5日。ロスタイムも切り、政治的決断で先送りする「延長戦入り」の気配濃厚だ。ただし、サドンデスの延長戦となろう。

さて、今日の原稿は、3年前にムックに書いたことなんだけど、今でも鮮度が全く落ちていないことに驚くね。

要は、ギリシャ情勢に殆ど進展なし、ということでしょ。

今週は、ギリシャ、中国、米利上げ、女性雇用関連、そして金プラチナと怒涛の仕事の1週間だった。つくづく感じていること。仕事って、男女関係と同じ。こっちが逃げると追ってくる。。。()

週末に態勢立て直しせねば。

来週は、今週こなした仕事が、ドサッとメディアに出るよ。

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2015年