豊島逸夫の手帖

  1. TOP
  2. 豊島逸夫の手帖
  3. バックナンバー
  4. デフォルトしても懲りない国
Page1872

デフォルトしても懲りない国

2015年7月1日

遂に、第二次ギリシャ金融支援は再延長されず失効した。月末一括返済という特例を受けたIMFへの融資返済も実行されなかった。

先進国、更にユーロ圏の国としては初の事例である。その意味では、歴史的といってよいだろう。

これで、ギリシャは、殆どの点滴を外された患者状態になった。残る最後の点滴は、ECB(欧州中央銀行)からのELA(緊急流動性支援)のみ。果たして、IMF相手とはいえ、返済遅延という実質的に債務不履行した国に、引き続き資金供給を続けるのか。(IMFは返済遅延国への融資は一切行わない。)市場は、ECBの決断を見守っている。もし、ECBも点滴を外せば、直ちにギリシャ民間銀行は資金不足に陥り、とりつけ必至の中で「銀行休業」再開の目途がたたなくなる。市場は、国民投票が行なわれる7月5日までは、「金融システム安定」の錦の御旗のもとで、ELAは継続と見ている。しかし、かりに国民投票で、債権団案を受け入れる「賛成票」が過半数を占めても、「国民投票そのものが時間稼ぎ」との不信感は容易に消えない。特に、独連銀総裁や独財務相は「ギリシャ許すまじ」と主張する強硬派だ。なにせ、最大のカネの出し手ゆえ、ドラギ総裁とて、おいそれと無視はできない存在である。

振り返ってみれば、僅か15か月程度で、ギリシャの信用力は激変した。

14年4月には「ギリシャ、国債発行を再開、投資家の需要高まる」という見出しが、世界のメディアに流れていた。「緊縮財政の効果もあり、13年の基礎的財政収支は黒字化したと見られる」ことで、ギリシャの信用力が回復したとされた。米格付け会社も、「成長が加速すれば格上げの可能性もある」と示唆していた。

しかし、このときにギリシャ国債を買ったのは、短期売買で値ざや稼ぎを目論むヘッジファンドが多かった。

その後、ギリシャ国民の緊縮疲れがピークに達し、「反緊縮」を唱える急進左派連合が政権の座についた。この時点で、ギリシャ楽観論は根底から吹っ飛んだ。

ヘッジファンドも一転、ギリシャ銀行株などに空売り攻勢をかけた。

そもそも流動性の少ないギリシャ銀行株は仕手株と化した。

欧州では、市場での空売り規制が厳しくなっているので、ギリシャの金融証券監督当局は、ソロス氏ら当該ヘッジファンドに罰金を科すに至っている。

かくして、アテネ証券取引所はカジノ化し、「銀行休業」とともに、29日には休場を余儀なくされる一幕もあった。

もはや、ギリシャ経済は、ECBのELAにより、首の皮ひとつでぶら下がっている状況だ。

しかし、アテネのATM前に列をなす市民たちには、一日60ユーロに制限され引き出したユーロ紙幣が、殆ど、ELAを通じて供給されているという意識がない。

ドイツ国民の視点にたてば、「ドイツのご厚意により」の一言でも、ATMの前に張ってほしい心情であろう。

日本風の感覚で考えれば、「このたびは、世界をお騒がせいたしまして」とチプラス首相がお詫び記者会見で頭を下げるくらいが当然なのかもしれない。しかし、ギリシャに、そのような価値観は皆無である。そもそも歴史的に、アテネやスパルタなど「都市国家」から成り立ってきたので、国への帰属意識が希薄なのだ。ギリシャ国債と言われても、あたかも「他人事」のごとき扱いである。更に、オスマン・トルコの支配も長かったので、法律は外国から押し付けられるもの、との意識が残る。ゆえに、順法意識も希薄だ。

アテネの家庭訪問で、「ギリシャ人は、自分の庭がきれいなら、他人の庭など気にしない。地下鉄の駅から我が家まで歩いてきたときに、違法駐車の間をかいくぐって来ただろう。あれが取り締まられず常態化しているのだ。」と語ったご主人の言葉が忘れられない。

債務危機にしても、5年も続くと、「危機慣れ症状」が顕著だ。「またか」と肩をすくめる。

国民投票用紙の写真を見ても、債権団からの改革案を受け入れるか、との設問のみ。YESなら、ユーロ圏にとどまれるが、代償として具体的に緊縮とか年金カット・消費増税を受け入れるかとの点には一切触れていない。しかし、実は、この点が最も大事なのだ。

このままゆくと、改革案受け入れ・ユーロ堅持に総論賛成。しかし、緊縮・年金カット・消費増税の各論に入ると、おそらく反対論が急増しそうだ。

そこで、現政権が気に入らなくなれば、オストラシズム(陶片追放)★の伝統が残る国ゆえ、総選挙で現首相を追放するだろう。★(古代ギリシャで、僭主の出現を防ぐために、市民が僭主になる恐れのある人物を陶片に刻み国外追放にした制度。)

しかし、痛みは拒否して、ユーロの大樹にはすがる、では虫が良すぎるというもの。

そもそも、稼ぐ力が違いすぎる国々が、同じ通貨制度の元で同居するが、家計は「非連結」という現在の経済システムに無理があったのか。

地域共通通貨の根源的問題には蓋をしたままで、ギリシャ債務危機解決の道は開けない。

アテネ証券取引所

2142a.jpg

ギリシャ中央銀行前にあるアテネ貨幣博物館の展示物。古代から「地域共通通貨」として様々な金銀貨が使われ、ユーロはその最新バージョンという歴史的経緯を示す。

2142b.jpg

同博物館で、異民族支配のもとで金銀銅貨幣が退蔵されたさまを示す展示物。今は、ユーロ退蔵に走る。更に、金貨を数世紀にわたり24金から6金まで改鋳して通貨供給を増やしたことを示す展示もあった。古代の「量的緩和」ということか。

2142c.jpg

5日ギリシャ国民投票用紙の写真

2141a.jpg

それから、今週土曜日、大阪のABC朝日放送「正義のミカタ」に、また出ます。ギリシャ国民投票前夜。

そして、国民投票翌日6日のBSジャパン、日経プラス10に生出演。また、ギリシャについて。

それぞれ20~30分のトーク。(番組後半くらいから。)

ABC朝日放送のほうは、you tubeでも流れるでしょう。

最後に、連日の英文原稿。英語の勉強になるよ。

http://asia.nikkei.com/Viewpoints/Economeister/Gaining-a-sense-of-perspective-on-the-Greek-crisis

2015年