豊島逸夫の手帖

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原油急落で大儲け、大損のヘッジファンド

2015年8月19日

ニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)で、原油先物が1バレル=60ドル台を回復したのが、5月5日のことだった。急増している生産量が今後減少。リビアの生産支障・サウジアラビアの欧米向け原油価格引き上げによる堅調な需要見通しなどが背景とされた。

それから3か月余りで、同じ原油先物価格が40ドル寸前まで急落中だ。

NYMEXのフロアーからは、高笑いが聞こえてくる。

原油先物空売りで大儲けしたヘッジファンドたちだ。

特にCTA(コモディティー・トレーディング・アドバイザー)と呼ばれる超短期売買で、市場のモメンタム(流れ)に乗って売買を仕掛けるヘッジファンドは、笑いが止まらない様子。

売っては、下がったところで買戻し、上がったところで、再度空売り攻勢をかけるサイクルを繰り返し、ここまで原油価格を押し下げる原動力となってきた。OPECが価格調整能力を放棄した今、まさに彼らが市場を牛耳っている。

「ここまで、売りで充分儲けさせてもらった。でも40ドル割れになれば、もう深追いはしない。逆張りの買いでも考える余裕があるよ。」

リゾート先から携帯で語りかけてくる後輩の声には、たしかに余裕を感じる。筆者がスイス銀行から派遣されNYMEXでフロアー・トレーダーとして働いたときに知り合った。

「アナリストの需給分析?後講釈に使わせてもらっているよ。彼らは二本の手を持つから気楽な身分だよね。我々トレーダーは一本の手しか持たない。」

英語で、on one hand、on the other hand、つまり、こういう見方もあれば、ああいう見方もある。メインシナリオがこれで、リスクシナリオがあれだ、という意味で、二本の手を持つ、と言うわけだ。いっぽう、トレーダーには買いか売りか、一本の手しかない。

本欄では、原油価格レンジを40-60ドルとしてきたが、そろそろレンジの下値が視野に入ってきたようだ。

これ以上、売りの深追いには慎重な姿勢を見せているトレーダーが、メディアのインタビューでは、「まだまだ、売り方優勢!」などと声高に語っている。相変わらず、したたかな人たちだ。

空売りポジションを買い戻すとき、プロは、自ら買いの注文を出すようなことは控える。個人投機家たちが争って売りに走るようなときに、「弱気コメント」を語りつつ、フロアーでは個人の売り注文を受ける買い方に廻るのだ。

かくいう筆者は、元プロ野球選手で、未だにベンチ入りを許される現役コメンテーターというところか。

なお、ヘッジファンドでも、中期的世界経済動向を予測して売買するグローバル・マクロ系は、原油急落で大損している。先週14日に、SEC(米証券取引委員会)登録ファンドは、3か月ごとに義務付けられている保有銘柄情報を公開した。13Fファイリングと呼ばれるが、今回は6月末時点での運用状況が明らかになった。そこで、大手のヘッジファンドがエネルギー関連株を大量保有していたことが判明したのだ。その一例だが、著名な投資家デビッド・アインホーン氏率いるグリーンライト・キャピタルが、エネルギー関連株の大幅値下がりで7月の運用成績がマイナスに落ち込んでいる。

ちなみに、原油価格60ドル回復時に、原油を高値掴みしたのは、主として実需家たちであった。いっぽう、原油価格急反騰の波に乗って短期的買いポジションを増やし、60ドル前後で利益確定売りに動いたCTAたちもいた。

今回の原油急落の理由のひとつには上海株急落・中国経済減速が挙げられる。たしかに一因ではあるが、空売りを仕掛ける投機筋にとっては、「おいしい」売り材料であったことは間違いない。

3か月で20ドル近く下げる相場を、需給分析で説明しようと試みても虚しい。

最後に、原油価格変動をここまで激しくしてしまった大きな要因について言及しておく。

それは、金融機関への規制を強めたドッド・フランク法(金融改革法)だ。

元々、立法趣旨として、庶民の日常生活に直接的影響のある原油価格が、投機マネーに翻弄されることを防ぐ目的で、金融機関の自己勘定売買を規制した。そこで、大手投資銀行は相次いで商品市場部門を縮小・閉鎖した。その結果、市場の流動性が急減して、逆に、価格変動を高める結果になったのだ。

今回は、原油下落なので、個人消費には間違いなくプラス効果をもたらすが、中東情勢の急変などで、一夜にして、価格の方向性が変わるリスクを常にはらむことを忘れてはなるまい。

NYMEX全景

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NYMEXフロアーにて

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2015年