豊島逸夫の手帖

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利上げしてほしかった

2015年9月29日

以下は、日経ヴェリタス先週号、「逸's OK!」コラムに載せた原稿の原文です。

「今回は利上げしてほしかった。利上げすべきだったとも思う」

米国公的年金運用担当者がしみじみ語った。筆者が、米国一位の年金であるカルパース(カリフォルニア州職員退職年金基金)のCEOを9年務めたジェームス・バートン氏のもとで6年ほど働いたときに知り合った人物だ。

御多分にもれず、米年金の多くが、8月の世界株安連鎖で損失をこうむった。ヘッジファンドはボラティリティーを好むが、長期マネーの年金は市場の安定を望む。米利上げについても、はやいところ、一回やってもらって、市場の不透明感を払しょくして欲しかったのだ。

そもそも、市場が利上げに対して過敏とも思える反応を示す一因として、ウオール街最前線で働くトレーダーの多くが「利上げを知らない世代」であることを筆者も実感している。

トレーディング部門に配属されたときに、金利は既にゼロに近い状態。行内金利でマネーを調達して、高金利通貨を買うというようなオペレーションでも、タダ同然の金利が当たり前という「恵まれた」市場環境で育った人たちだ。それが、いきなり資金コストは25bpsというハンディを背負わされることになると、そのショック効果は大きい。特に長期的な低金利時代。しかも、物価上昇率も低迷しているから、0.25%でも実質金利として、ズッシリ重い。売買差益で25bpsを抜く(稼ぐ)ことが、どれだけ大変なことか。2-3bpsでも、いただければ御の字の世界なのだ。

必然的に、リスク資産へのアロケーションは極力減らすというインセンティブが働く。

ただでさえ、ボルカールールにより金融機関の自己勘定売買が制限され、市場の流動性が縮小している。取引量が薄い状況で、値だけが大きく振れやすい。

市場が縮小均衡点を模索しているときに、資金コスト・アップは痛い。

そして、長期マネーの年金や政府系ファンドの、浅い池での「クジラ」化が進行する。

マネーの世界の「クジラ」は、あくまで相対的な大きさの問題だ。流動性が豊かな市場であれば、太平洋を回遊するクジラとなる。

しかし、今の実態は、東京湾に迷い込んだクジラ状態である。

特に、為替や商品の市場での売買は基本的ゼロサム・ゲーム。誰かが儲ければ、誰かが損する。そこに、公的年金マネーが入りこむと、「入るは易し。出るは難し。」

出口戦略で難渋しがちだ。

うまく出ることができても、市場に広範囲にわたる損失という傷跡を残すこともある。出るときに、しくじれば、自らが大きなポジションをかかえたまま、右往左往することになる。椅子取りゲームみたいなものだ。

また、流動性が量的にあればよいという問題でもない。

上海株のごとく、巨額の個人マネーが流入しても、それがネズミの大群のごとく一方向に偏って動く習性があると、官による力の介入なしでは、制御不能状態となる。

その中国市場では、米利上げという巨大な引力が、マネー流出を誘発している。マクロで見れば、外貨準備が、減少したとはいえ、まだ3兆ドルという大台を維持している。しかし、ミクロで見ると、民間企業のドル建て債務が危うい。中国人民銀行も、実勢に近いオフショア人民元相場と、オンショア人民元レートとのスプレッド縮小のため介入の連続を余儀なくされている。

かくして、米利上げは、津波のごとく、第二波、第三波と、世界に広がるかもしれない。

日本市場とて、他人事ではない。郵政上場という超大型IPOを控える。米利上げの不安感をかかえたまま、11月上場というシナリオになると、浴槽にクジラが入るごとく、中のお湯が溢れ出るリスクがある。オールジャパンのシンジケートを組み、テレビCMを展開して、急ごしらえの浴槽拡張リフォーム工事が首尾よく進めばよし。

しかし、株をムードで売るとバブルになりがち。投資家のリタラシー向上をセットにすることが必須であろう。

クジラのオーナーも、できれば11月前にFOMCに一回は利上げしてもらって、浴槽の出来具合を試したかったのではあるまいか。

以上

さて、プラチナは920ドル台まで下げた。

消費者のディーゼル車離れを映す。

そして、今週土曜日は、ABC朝日放送「正義のミカタ」生出演。お題はずばり「フォルクスワーゲン問題」。OA後にyou tube で流れるよ。

2015年