豊島逸夫の手帖

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荒れるアテネ

2015年7月16日

日本時間16日早朝3時半。

オバマ大統領の歴史的イラン核合意記者会見を生中継中の米テレビ画面が突然、アテネ・国会議事堂前シンタグマ広場に切り換わった。東京でいえば、国会議事堂前に銀座通りがあるような広場だ。

そこに、火炎弾が飛び交っている。催涙弾が投げ返される。暴動の様相だ。「オヒ=NO」を掲げた多数のデモ隊が警官たちに取り巻かれ、後退している。

2010年からギリシャ取材しているという現場ベテラン記者が、これまで見たことのないドラマチックな光景と語る。

その画像を見せつけられたNY証券取引所のボードでは、ダウ平均がプラスからマイナスに急落。

そのとき、ギリシャ国会議事堂内では、やっと債権団とチプラス首相が合意した新緊縮案の議論が始まっていた。既に、現地時間は、EUが最終期限と課した15日の夜になっている。チプラス首相は、自ら率いる急進左派連合内の有力議員たちの造反に直面。いっぽう、野党の親EU派政党からは、チプラス支持に廻る議員が急増。債権団と合意した新緊縮案につき国会の承認を得るために必要な過半数を確保するためにチプラス首相は奔走していたのだろう。

債権団との合意後のギリシャ国内は、「これでユーロ圏内にとどまれる。」との束の間安堵感が広がっていた。その代償としての更なる緊縮を受け入れざるを得なかったチプラス首相には、同情的支持の声があがっていた。現金も医薬品も底をつくという「兵糧攻め」に遂に耐えきれなくなった国民は、敗戦の将チプラス氏の肩を叩かんばかりに迎えた。

しかし、ユーロの引換の条件は厳しかった。

500億ユーロ相当の国有資産を、第三者が管理するファンドに移転して、入札・売却という民営化を進める。同時に、合意した消費増税・年金カットなどの諸案を法制化する過程では、すべての決定につき債権団のチェックを受ける。

主権国家として主権の一部放棄を強いられるかのような案だ。

特にプライドが高いギリシャ国民にとっては屈辱的ともいえる。

表面的には受け入れても、身を切られる思いだったのだろう。

その中で、突発的に生じた暴動は30分ほどで鎮圧された。

一部過激派の仕掛けだったのかもしれない。

低所得者層には、もはや失うものはない。ユーロがドラクマになっても、銀行預金はとっくに底をついている層だ。

アテネ暴動が伝わる1時間ほど前には、議会証言中のイエレン氏が新たな発言をしていた。

「我々が望むところに近づいている(close)。米国経済は利上げに耐えられ(tolerate)、利上げを必要としている(need)。」

この3つの英単語は、これまでのイエレン・トークには見られなかった言葉だ。利上げのカウントダウンが始まったかのような切迫感が込められているように読める。

しかし、もし、あのアテネ暴動シーンが、その発言前に流れていたら、議員たちから、おそらく集中砲火的な質問を浴びたことだろう。

それほどに、今回の議会証言では、共和党議員たちからの厳しい質問が相次いでいた。68歳の女性を、大男たちが、よってたかって3時間ちかく、つるし上げるかのような印象さえ個人的には持った。

それにしても、劇的な24時間だった。

中国GDP発表が醸成したチャイナリスク。日本の安保法制強硬採決から生じるアベ政権存続リスク。イエレン証言により高まる利上げリスク。米イランとの歴史的合意が誘発する中東リスク。ギリシャ楽観論がくつがえるリスク。

今後の市場を揺らす要因が凝縮された一日であった。

2015年