豊島逸夫の手帖

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「原油急騰劇」の舞台裏

2018年5月8日

今週最もホットな市場トピックは原油急騰。

ウォール街を巡りつつ実感するのは原油市場の特殊性だ。

「原油市場に精通した」専門家やアナリストは多いのだが原油トレーダーは少ない。野球に例えれば、現役登録されているプレーヤーの数は減ったが、コメンテーターやコンサルタントの出場機会は増えていると言えようか。

特に自らリスクを取って原油を売買するトレーダーは、今や「絶滅危惧種」に近い。ドッドフランク法の影響で金融機関が自己勘定売買部門を縮小。特に原油価格の変動は国民生活を直撃するので、金融機関の投機的売買による乱高下が槍玉に上がった。庶民との接点が薄い金市場は相対的に規制強化を免れた感もあることが印象的だ。原油市場内で常に売り値・買い値を唱え売買注文を受けるマーケット・メーカーたちが退場すると、投機的価格変動が減るかと言えば現実は違う。市場の流動性が減り価格変動は増幅されてしまう。リスクを取るリスク・テーカーが少ない市場は投機筋の恰好の標的になるのだ。

このリスク・テーカーの代表的存在が英語で言うところのスペキュレーター(投機家)であった。

歴史的視点で見れば、そもそもシカゴで育った商品先物市場は近郷の農家が収穫時の価格を先決めヘッジするために生まれたマーケットであった。そこではヘッジ売買の相手方(カウンターパーティー)となり、自己リスクで売買注文を受けるスペキュレーターの存在が必要とされた。彼らは自らをプロフェッショナル・スペキュレーターと家族にも誇りを持って語るほどだった。自分たちがいなければ農家の衆が困るとの自負があった。しかし、オプション取引の導入によりデリバティブ商品が続々開発され市場インフラも完備すると、単に価格変動を狙う鞘取り投機的売買が圧倒的に増えた。それが規制の対象となるや、原油トレーダーたちはリスク回避を命じられ、原油市場特有の現先スプレッドの増減を狙う裁定取引に傾注する。しかし、市場参加者の多くが裁定取引に徹すると市場の流動性は枯渇する。更にトレーディング部門縮小の結果、多くの原油トレーダーが転職した。中東の政府系ファンドに「身売り」したトレーダーも少なくない。

それがトランプ大統領の規制緩和で蘇るかと思われたが、一旦火を落とした溶鉱炉と同じく再生は容易ではない。そのコストを正当化する収益性も見込めない。

これが原油市場に「専門家」は多いが現役プレーヤーが少ない背景である。数少ない独立系原油ディーラーたちがOPEC総会のウィーン市内でサウジアラビアに招かれ「ミーティング」に参加することも恒例行事となっている。そこにはギルド的習性の名残も感じられる。

一方、実際の売買は取引所フロアから電子取引に移行した。

高頻度売買の急激な成長により株・為替・債券、そして商品と「循環物色」する高頻度系トレーダーの参入も目立つ。彼らに原油の専門知識は不要だ。AIとチャートがあれば良い。相対的に旨みのある市場を探り当て投機マネーは回遊する。

これが原油価格「急騰・急落劇」の舞台裏である。

100ドル以上の三桁価格から30ドルを割り込む水準まで急落後、70ドル台まで倍以上の急騰という価格乱高下は到底、需給分析だけでは説明できないボラティリティーだ。限界的供給増減が価格を決めるとは言え、市場の構造的変化が価格変動を増幅させている面も無視できない。この実態は今後も変わらないだろう。

インフレ指標として原油などを除くコアの相対的重要性が更に強まることも想定すべきであろう。ギルド的な市場での投機的売買が金融政策に影響を与えることはリスクである。

2018年