豊島逸夫の手帖

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中国の石炭・鉄鋼過剰生産問題

2017年3月9日

トランプ大統領の支持者が多い地域として、石炭・鉄鋼などオールド・エコノミーが中核産業となっている州(ウィスコンシン、イリノイ、インディアナ、ミシガン、オハイオ、ペンシルバニアなど)がラストベルトと呼ばれ、しばしば話題になった。ラストとはlast(最後の)ではなくrust(金属のさび)の事で、使われなくなった工場や機械を表わしている。

中国にもラストベルトがある。東北部の工業地帯である吉林省、黒竜江省、河北省、山西省などだ。石炭や鉄鋼などのオールド・エコノミーに依存する地域である。これらの地域では、国営企業が中心的存在であった。しかし、石炭・鉄鋼価格の低迷で、巨額の債務をかかえる、これらの国営企業を、地方政府が支援して延命を図ってきた。あるいは、それらのゾンビ企業の破たんを容認しつつ、既存の年金債務、失業手当、未払い債務などを支払ってきた。

その結果、地方政府の財政が逼迫。今回の全人代でも、問題視された。

そこで、昨年から、中国国内の鉄鋼・石炭生産量を強制的に削減することになり、削減の数値目標も設定された。その結果、一時的な供給不足が生じ、鉄鋼・石炭価格も反騰したが、実態は変わっていない。結局、「雇用」を守り、失業を増やさないために、ラストベルトの企業の多くが救済されたのだ。中国の党長老の考えも、トランプ大統領と同じで「雇用、雇用、雇用」優先。長老たちが最も嫌うことが、失業から生じる社会不安なのだ。

そこで、ラストベルトの労働者を再教育して、新たな産業に移転させることも重要になっている。

なお、石炭・鉄鋼の生産削減目標は、今年、鉄鋼が5千万トン、石炭が1億5千万トンとされる。これまでに生産削減目標達成のために強制閉鎖された企業は、多くが既に操業を停止した企業であった。しかし、今年からは、現在操業中の企業という本丸を削減するとしている。

いっぽうで、石炭を使う火力発電所の建設を中止、あるいは、延期するなどの措置もとられるようだ。

トランプ大統領は米国のオールド・エコノミー復活を旗印に掲げる。対して、習近平主席は、オールド・エコノミーの「安楽死」を計る。

中国が過剰生産した鉄鋼が、安値で中国国外に流れ、世界の鉄鋼価格の下落を誘発するという負のスパイラルを断ち切るために、トランプ大統領は中国からの輸入に45%の関税をかける、などと選挙運動中には叫んだ。しかし、事実上、そのような荒事は無理筋である。とはいえ、トランプ大統領の側近で対中強硬派ナバロNTC(国家通商会議)委員長が、依然、中国との貿易赤字を、最優先の課題として位置付けている。

中国と米国の国内事情は、それぞれに複雑に入り組んでいる。どのように折り合いをつけるのか。市場としては気になる今後の展開である。

なお、FOMC利上げ決定を来週に控え(まだ利上げが決まったわけではないが)、原油・金の価格が急落中だ。

原油は、OPEC、非OPEC諸国が減産に同意したといっても、いまや世界最大クラスの生産国、米国の参加が抜けている。逆に、米国では、原油高で、シェール生産が息を吹き返した。本欄でも指摘してきたことだが、そもそも、OPEC減産合意が持続的に守られる保証はなにもない。イラン(シーア派)とサウジ(スンニ派)が仲良く手をつなぐことなど、私には考えられない。そもそも、申告生産量がいい加減な数字であることは、周知のことだ。

そこに、原油投機筋の買い残高が膨らんだことの反動と、米国の原油在庫が急増したことで、昨晩の原油急落が生じた。50ドルの大台を巡る攻防の様相だ。

そして、金は、想定通り、利上げを織り込み、1205ドルまで下落。私の下値予測1210ドルを下回った。当面、軟調は続く。しかし、利上げだけが、金価格の材料ではない。欧州リスク、トランプリスクなどは、全く変わっていない。ゆえに、下値は浅いと見る。

2017年