2017年9月1日
以下は日経マネー誌コラム「豊島逸夫の世界経済の深層真理」に書いた原稿です。
都議選前日から翌日にかけて、6月にNYで会ったヘッジファンドたちから相次いでメールや電話が来た。自民大敗と聞くや、しきりに安倍政権の支持率をフォローしてくる。前回、NY発で本欄の原稿を書いた時には、彼らが「カケ」という言葉を連発して、英語での会話の流れの中で一瞬意味が掴めず当惑したが学園のことだったというエピソードを紹介した。その時と同じく、彼らの日本株への本気度を改めて感じたものだ。マーケットと対峙して40年になるが、NYの連中が東京都の地方選結果についてあれこれ聞いてくるなど初めてのことだ。
ちなみに前稿では「秋以降の運用方針をまとめるので、7月か8月にファーストクラスのフライトを手配するからNYにまた来て欲しい。」と言われたので、何か具体的な動きがあれば続きをお楽しみにと書いた。それが7月最終週に決まった。7月25~26日のFOMC直後にということだ。
前回6月初旬にNYで会った時点では、6月FOMCの直前であった。その後、同FOMC議事要旨が発表され、資産縮小のタイミングについて、数人(several)が2~3か月以内(a couple of months)に開始発表を推したことが確認された。市場では9月開始のシナリオが有力視されているが、場合によっては7月FOMCでなにか動きがあるのではとも解釈されている。そこで念のため、7月FOMCを見てから、秋以降の運用方針を固めるというわけだ。万が一、7月FOMCで具体的な動きがあれば、「夏休み抜きになるかも。家族には申し訳ないが。」と語る。
それだけ、2013年5月のバーナンキ・ショックの思い出が未だにトラウマとなって鮮明に残っていることを痛感する。バーナンキ前FRB議長自身も自由の身になった今、ブログでしきりに「資産縮小は慎重にすべし」と説いている。当時、量的緩和縮小を示唆しただけで、市場が大混乱に陥った責任をヒシヒシと感じているのであろう。そのブログでは、6月下旬にポルトガルのリゾート地シントラで開催された中央銀行会議での同氏講演録も公開されている。筆者の注目点は「主要中央銀行(複数)が出口を模索し始めた」との一節だ。マーケットでは、同会議発外電報道で、ドラギECB総裁の「デフレ圧力よりリフレ圧力」の方が強いとの発言が、すわECBも資産縮小かとの観測を呼び、ミニ資産圧縮ショックの如き様相となった。その後、ECB関係者が市場のフライングだと語り、市場は右往左往したわけだが、バーナンキ氏講演は、やはり主要中銀の間でかなり突っ込んだ話し合いがあったことを確認している。事実その後、主要中銀が相次いで利上げに動いた。
そのような経緯があるので、2017年後半の欧米市場最大のテーマは「資産縮小」なのだ。
そこで、出口からは最も遠い日銀のスタンスが、市場の円安ムードを醸成している。次は日本株の出番かとの観測も出始める。
NY株については、イエレン議長もフィッシャー副議長も相次いで「高値警戒」を示唆する如き「資産価格上昇懸念」に言及した。特にイエレン氏の出身母体であるサンフランシスコ連銀のウィリアムズ総裁が、NY株は「running on fumes」と語り物議を醸した。ガス欠の車が気化ガスだけで走っている状態に例えたのだ。
NY市場では、米国から見た「国際分散運用」の必要性が、これまで以上に指摘され、マネーの流れはもっぱら欧州株と新興国株に向いてきた。
しかし、欧州発「ドラギ・ショック」の予告編のような光景を、「シントラでの密約」の観測さえ流れる一件で見せつけられると、欧州株への依存過多を警戒する動きも出始める。
そこで、消去法ながら、日本株の存在が浮上するわけだ。
日欧EPA合意も、「反保護主義を主導する動き」として市場では評価が高い。同時に、トランプ政権の警戒感も高めた「通商リスク」も指摘されるが、安倍首相としては、思惑通り都議選のマイナスを若干ながらも取り戻したイメージは残った。このようなストーリーは長期運用の米年金筋などが好む展開だ。
秋相場で、所謂「外国人投資家」とされる連中が日本株買いに動く可能性を肌で感じているところである。
現地ロケでECB訪問したとき。本石町の日銀に比し、高層ビルで主権の異なる国家代表たちの寄りあい所帯ゆえのリスクを実感した。ドラギ総裁の任期は19年まで。フランクフルトでは、後任には是非ともイタリア人ではなくドイツ人をとの声も強い。