豊島逸夫の手帖

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追加利上げ決定、イエレン議長が見せた「矜持」

2017年3月16日

市場が最も注目していた2017年の利上げ回数予測は、前回(2016年12月時点)と変わらず3回であった。リスクシナリオとして4回を覚悟していたNY株式市場は安堵感で上昇。いっぽう外為市場では、4回を見込んでドル買いポジションを膨らませていたヘッジファンドなど通貨投機筋が、手仕舞いのドル売りに走った。その結果円高に振れ、日本株市場には逆風となる結果となっている。

その他のリスクシナリオとしては、4.5兆ドルに膨張したFRBの資産の縮小と、今回の利上げサイクルの最終着地点(ターミナル・レート)の引き上げが挙げられていた。前者はイエレン議長が記者会見で「FF金利が主たる金融政策手段」と語り、政策手段としての資産縮小は否定した。後者は前回に比し著変はない。

総じてイエレン議長の戦略どおり市場に大きな影響を与えず、3月利上げが実施された。

とはいえイエレン議長は、今後の金融政策につき、あくまで「データ次第」をこれまでどおり繰り返すが、市場の視点では「トランプ次第」である。ボールは財政政策側に投げられた。

従って、リスクはトランプ大統領の財政政策、特に「驚異的」な減税が議会を通るまで手間取るシナリオだ。ムニューチン財務長官は8月までと語ったが、市場では年末までに議会で承認されれば御の字、などと語られている。それまで株式市場が焦れずに待てるのか。更に、伝統的に均衡財政を党是とする共和党内では、減税分を賄う財源として国境調整税導入が考慮されているが、賛否両論が渦巻いている。その結果、財政出動が遅れる、あるいは市場の期待を下回る規模となれば、結果的に今回の利上げが時期尚早であったとの批判も出てこよう。

そして、ワイルドカードが原油価格だ。

イエレン議長はインフレ率について、おおむねFRBの目標値である2%に近づきつつあると自信を示した。そこでリスクは、原油生産国の減産合意が崩れるいっぽうで、米国のシェール生産量が増え、原油価格が再び下げ基調となるシナリオだ。更にその悪影響は株式市場にも及ぶ。

欧州リスクも無視できない。注目のオランダ下院選は出口調査などで与党ルッテ首相有利の展開だ。とはいえウィルダース氏への支持も根強く、フランス大統領選挙への影響も依然懸念される。

今回の利上げは、これらのリスクを前提条件から外して決められた。イエレン議長の読みは、出来るうちにやっておこう、もし外的要因が悪化すれば、利下げという伝統的金融政策手段を発動できる水準までFF金利が上がっている、ということではないか。金融政策は決められたコースに乗って進行するわけではない。常に柔軟に対応する、とのイエレン発言にその思いが滲む。

記者会見でトランプ大統領と会ったかと聞かれ、イエレン議長は短い時間だが会ったと素っ気なく答えた。FRBへの政治介入の可能性が話題となるなかで、財政政策がもたつく間に、金融政策は毅然とFRBの判断が決める姿を印象づけたかったのかもしれない。

トランプ大統領は「米国は世界の警察ではない」と語ったが、ことFRBに関しては、市場は国際基軸通貨ドルの"通貨の番人"ゆえ「世界の中央銀行」と見做している。その長としてのFRB議長の矜持を見せつけたごとき利上げ劇の次の場は6月か9月か。市場では既に先読みが始まっている。

そして、金価格は1220ドル台まで急騰。なぜかというと、2017年利上げ回数4回を覚悟していたところに3回になったから。外為市場でドル安に振れたことも買い要因。いっぽうオランダ下院選挙では、極右政党ウィルダース氏が第一党にはならず、安全資産として金が買われるシナリオにはなっていない。とはいえ、オランダは前座で本丸はフランス大統領選挙、そして、イギリスEU離脱交渉、スコットランド独立の動きなど。欧州分裂リスクは変わらず。

なお、6月には再び利上げが市場のテーマになるから、そのときは売られるだろうね。

2017年