豊島逸夫の手帖

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トランプ大統領の規制緩和

2017年3月23日

以下は日経マネー「豊島逸夫の世界経済深層真理」に載せた原稿です。

ウォール街をクビになった元トレーダーたちが続々、求職活動を再開している。オハイオ州の実家に戻り農業に従事していた元債券ディーラー。中東政府系ファンドに身売りして、アブダビに単身赴任して出稼ぎをしていた元外為ディーラー。背景はさまざまだが一様に高揚感に溢れている。「あの憎っくきドッドフランク法が撤回される」見通しになったからだ。この法律施行により金融機関の自己勘定部門売買が大幅に制限され、大手投資銀行のトレーディング部門は相次いでリストラ・閉鎖の憂き目にあった。大量のディーラーたちが解雇された。まさにウォール街では同法が目の上のたんこぶ扱いだった。

但し、撤回の見込みといっても、なにせ1100ページに亘る膨大な法律である。いまだ全面施行にも至っていない。それを元に戻すといっても少なくとも2018年までかかるのは必至だ。いきなりでは、それこそリーマンショックの二の舞となりかねない。撤回せず残す部分もあろう。

それでも「規制緩和」という言葉は市場に気持ち良く響く。

さっそくトレーディングを最大の収益源とするゴールドマンサックスの株価が一日で5%近く急騰した(筆者注、現在はゴールドマンサックスの株価は急反落中)。

ゴールドマンサックスの現CEOブランクファイン氏は、もともと中小企業の貴金属会社で営業部長として働いていた人物だ。それがゴールドマンサックスに買収され自身も移籍した。そこでメキメキ頭角をあらわし、ついには親会社のトップにまで登りつめたわけだ。中小企業の部長が大手銀行・証券会社のトップになるなど日本ではあり得ない話だ。さすが米国経済のダイナミズムを見る思いがする。

ドッドフランク法はそのダイナミズムを萎えさせる法律とされてきた。内部コンプライアンス・リスク管理を強化して金融危機の芽を絶つ。トレーディングといっても、殆どがオプションによるヘッジ売買に限定される。市場内でリスクをとるマーケット・メーカーがいなくなると、顧客の売買注文も相手が見つからず不成立となる場合も出てくる。特に市場が荒れると誰もリスクを取らない、或いは取れないので、市場内の流動性が激減して価格の変動が激しくなってしまう。原油価格の乱高下など、まさにその典型であった。

庶民生活を投機的売買による価格乱高下から守るために金融機関の投機的売買を規制したわけだが、結果は逆に庶民生活を大きく揺らすことになってしまったのだ。

更に取引所経由のヘッジ売買にしても、売買の相手方がいなければ成立しない。そこで自らリスクをとる「投機家」の存在が不可欠になる。しかしドッドフランク法は投機家を退場させる法律である。その結果まともな価格でヘッジもできない状況が生じる。

だからと言って投機を礼賛する気は全くないが、潤滑油を欠いたシステムはスムーズに機能しないものだ。

筆者がスイス銀行からシカゴの先物会社に派遣されたときのこと。同僚が息子のPTA授業参観日のことを話してくれた。参観に来ていたお父さんたちが、自分の職業のことを話すセッションがあった。そこで彼は「私の職業はプロフェショナル・スペキュレーター。」と言って胸を張ったそうだ。農家が秋の収穫期の価格を春のうちに決めておければ経営も安定する。そこで投機家が農家のヘッジ取引の相手方に廻ることで、彼らの生活安定に資している。立派に社会的責任を果たしていると自負したそうだ。

これこそ先物オプション売買の原点と思ったが、実際にはその投機性ばかりが目立つ。そもそも米国はまず実需ありきの発想なのだが、日本は悪徳商法撲滅のための公的市場創設がキッカケとなっているので、まず規制ありきなのだ。今に至るまでこの違いは変わらない。

米国ではトランプ新大統領の「規制改革」により首尾よく「ヘッジ」の原点に戻ることが出来れば、価格形成も自由で公平なプロセスとなろう。

2017年