豊島逸夫の手帖

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金、1800ドル割れ

2021年2月17日

貴金属が売られた。金は1800ドル大台割れ。昨日本欄でも触れたが想定内の下値模索中。
直接的理由はドル金利急騰。金利を生まない金には逆風。ドル高傾向にもなる。とは言えインフレという金の出番も想定される状況だ。以下少々専門的になるが金利を巡る最新事情をまとめた。

米国ドル長期金利の指標として注目される米国10年債利回りが1.3%を突破した。1月に1%台を通過後、2月に入り上げが加速中だ。
歴史的には依然超低金利水準ゆえ、この程度の金利上昇でも見逃せない市場変動要因となる。
今後市場への影響については、押さえておくべき二つのポイントがある。

まず、名目金利が上昇中だが同時にインフレ期待も上がってきたこと。代表的指数としてBEI(ブレークイーブンインフレ率)を見ると、1月に年率2%の大台を突破後、2月に入り直近で2.24%にまで上昇してきた。その結果実質利回りはマイナス1%の水準で推移している。従って名目金利上昇→金売りという現象は短絡的だ(BEIグラフを再び載せておく 出典元:セントルイス連銀)。

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次に、ドル長短金利差が拡大中という点も重要だ。昨年は米国10年債と2年債の利回り格差が逆転するという逆イールド現象が発生。歴史的に見ると不況の前兆と見られるだけに市場には不安感を与えた。安全資産の金には追い風となった。それが一転今年は順イールドに戻り金利差も拡大中だ。

2年債利回りが直近で0.12%近傍にあるので長短金利スプレッドはプラス1.3%以上に達する。イールドカーブ(利回り曲線)は昨年の平坦化から右肩下がり傾向とは打って変わり、今年は急勾配の右肩上がり傾向(スティープ化)が顕著だ。短期金利はFRBが政策金利をゼロ金利に抑え込む姿勢を堅持しているが、長期金利は市場が決めるゆえ生じた転換現象と言える。これは金には逆風と言える。

では、ドル金利急騰の今後の展開は?
ドル金利水準も「臨界点」を超えると、健全なインフレ期待を映す「良い金利高」から、インフレ懸念による「悪い金利高」と化す。現状では概ね10年長期金利1.5%前後がその「臨界点」と見られる。この水準を超すと財政赤字膨張・国債増発が不安視される可能性がある。リーマンショック時には、この要因が米国債格下げにまで発展して当時史上初の国際金価格4桁入りへ急騰が生じた。

但し、リーマンショック後の体験として今や経済構造が低インフレ体質になっているので「高圧財政」でも物価は上がらないという傾向が指摘されてきた。欧米市場では「日本化現象」(ジャパニフィケーション)と呼ばれる。

この考え方は依然根強いが、さすがにバイデン民主党政権の経済回復期待が高まる中でも追加的に1.9兆ドル規模の財政投入を強行するとなると、市場には「経済過熱懸念」も芽生えてきた。

それでも量的緩和縮小(テーパリング)懸念を強く否定する。16日にはセントルイス連銀のブラード総裁が経済テレビに生出演。「テーパリング?考えることを考えたこともない。」と一蹴して見せた。ところが市場心理とは複雑なもので、強く否定されると却って深読みに走りがちだ。パウエルFRB議長も当面言動には余程注意せねばなるまい。特に株式市場で米国株価指数最高値更新が続くと、市場内には株価「緩和依存症」への反省機運も出始める。

この問題の勘所は「雇用」であろう。1月雇用統計で最も懸念されたところが労働参加率低下であった。求職活動を諦めた長期失業者が増加傾向にある。「見せかけの失業率」は低下する。この雇用問題に解決の目途が立たぬ限りはFRBの緩和姿勢に変化はあるまい。

但し、急騰する10年債利回りは、さすがのFRBも臨界点内に抑え込めない。米国債市場は飛び抜けた流動性規模ゆえ、特に10年債のイールドカーブコントロールは現実的に難しい。
ドル長期金利急騰現象は移ろいがちな市場心理を映すので「取扱注意」の要因である。金には潜在的に買い要因となる可能性がある。

さて、いよいよ日本でもワクチン接種開始。
私はワクチン接種に対する抵抗感が全く無いけれど、やはり超スピードでのワクチン開発・認可ゆえ違和感を持つ人も少なくない。日本は国際的ワクチン獲得競争も完全に周回遅れで、米国がバイデン大統領の強い要請でどんどん先取りしてゆく。とは言え結果的にはその接種結果を見てから日本での本格接種となれば、「残り物に福」ではないが結果オーライになるかも。いずれにせよ日本での接種普及は想定より遅れそう。コロナ第三波は徐々に収まる方向だが、悪くすると第四波がオリンピック期間と重なる展開も想定せねばなるまい。

2021年