2021年9月13日
以下は、日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層真理」に書いた原稿の採録です。日本株政変ラリーの前に書いたものですが「アル、アル」と読者の共感が非常に強かったので共有したいと思います。
根っからのマーケット人間だと、我ながらつくづく思った。
相場モニター画面と東京五輪中継画面を両にらみする真夏の2週間。
筆者に響いたのは、金メダルラッシュより有望選手のまさかの失敗劇ばかり。いちいちが、自ら相場で大負けしたときの場面とイメージが重なるのだ。
例えば、陸上男子400メートルリレーでの、痛恨のバトンミス。バトンワークといえば、日本チームのお家芸。更に上を目指し、攻めの勝負に出た結果であった。予選で安全にバトンを渡す作戦で、決勝には進出したが、8カ国のなかで最下位のタイムとなったことが背景にあった。茫然と立ち尽くす日本リレー侍4名。
「ある、ある」筆者は思わず呟いたものだ。
相場との戦いのなかで、安全に、相撲に例えれば8勝7敗ペースで、きわどく勝ち越す月が続いていた時のことだ。たしかに儲かっているのだが、プロとしては、いまいち物足りない。ここは思い切った攻めの運用で、ライバルのスイス人ディーラーたちを、ギャフンと言わせたい。今にして思えば、若かった(笑)。 結果は、最終決算日2日前に、取り返しのつかぬ大損を被ることになってしまったのだ。ジェフ(筆者のディーラーとしてのニックネーム)、少し休んで頭を冷やせ。スイス人の上司に諭され、1か月間「ペナルティーボックス入り」の処分を受けた。ディーリングルームを離れ、バックオフィスのデスクで、反省する日々を過ごした。おとなしく、いつもの運用をしていれば、全く問題なかったのに、と悔いた。それでも懲りず、その後も「ペナルティーボックス入り」を何回も体験したものだ。全て、攻めの運用で勝負に出た結果であった。いい加減に、おとなしくしろ、と同僚にも言われた。たしかに苦い体験であったが、その過程で養われた攻撃精神は、その後の相場人生で、最も生きた事例となった。パッシブばかりでは限界がある。アクティブに転じるタイミングも重要だ。だからと言ってアクティブばかりでも危うい。このバランス感覚は、マニュアルなどで体得できるものではない。
東京五輪の新競技・空手の男子組手75キロ級日本人選手(西村挙選手)が、残り時間0.0秒で、まさかの逆転負けを食らい、一次リーグ敗退したことも、筆者の心に刺さった。残り2秒、1-0でリードして試合再開という最後の場面。後ろに下がって場外際に逃げ切ったと思った瞬間、相手左足の上段蹴りが決まった。3ポイントの大技で、1-3とリードされ、残り時間は0.0秒を計時していた。
相場の世界も、今や高速度取引が席捲して、1秒どころか1/100秒以下を争う売買合戦の場となっている。どれだけ儲かっていても、土壇場でAIが迷走して、大逆転を食らうことも日常茶飯事だ。そこでゲームオーバーと諦めるのか。ここはジックリ耐え、次の機会をうかがうのか。この決断は人間のディーラーが決めねばならない。オリンピックの試合では敗者復活戦での逆転の機会が与えられることもある。対して、相場の世界での敗者復活戦に挑むか否かは、自らが決めねばならないことだ。
そして投資の世界で最も難しいのが利益確定売りの決断。こればかりは、己の欲との戦いだ。もう少し待てば、儲けは倍になるかも。この悪魔の誘惑は人間の心を怪しく揺らす。
この誘惑と戦ってきた筆者が思わずテレビ画面に向かって「羨ましい!!」と叫んだ。男子走り高跳びで、金メダリストが二人同時に誕生する出来事があったときだ。カタールとイタリアの選手が、同じ2メートル37センチの高さを飛んで一位で並んだ後、優勝決定戦をしないで、金メダルを分け合うという異例の選択をしたのだ。審判は二人に優勝決定戦を勧めたが、選手側から「私たちに金メダルを二つもらえないか」と提案して、審判も同意した。走り高飛びに関してのみ認められた特例措置だという。
投資の世界で、売買の当事者が儲け山分けなどすれば、「談合」の誹りを受けかねない。皆が儲かることなどあり得ない。
勿論、スポーツと投資とは全く異なる分野で比較すること自体に無理もあるが、筆者は心情的に羨ましいと感じたのだ。
かくして、マーケットとオリンピック、二本立ての二週間は終わり、宴の後に待ち受けるのは、変異種という未知の相手との戦いだ。
筆者も、コロナ禍が、まさか、このような展開で長期戦になるとは想定していなかった。冷静に見れば、世界中で、コロナ危機の出口を読める医療専門家は誰もいない。まさに海図なき海域での航海。テーパリング程度の座礁に怯えるようでは、この先が思いやられる。今こそ投資家の胆力が試される時だ。