豊島逸夫の手帖

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世界の中銀、ドルから金へ

2021年12月27日

首題の記事が昨日26日日経新聞朝刊一面トップに載った。

2021年もタイが90トン、インドが70トン、ブラジルが60トン。昨年はポーランドが100トン。かなりまとまった量の金が公的セクターで外貨準備として購入されている。対して外貨準備の核となる米ドルは減少傾向だ。
その背景には未曽有の規模のFRB量的緩和により、米ドルの価値が希薄化したことが挙げられる。
筆者流に言えば金を購入するという行動はドルへの不信任票。量的緩和により、いくらでも「刷れる」ドルから、絶対に「刷れない」現物の金にシフトしている。

特に最近目立つのは新興国中銀による公的金購入だ。アジア経済危機などで自国通貨が売り込まれ、大量のマネーが流出した苦い記憶が残るので、危機への備えとして無国籍通貨(発行主体がなく、即ちソブリンリスクがなく、且つナショナリズムの匂いがしない)=金を購入しているのだ。米国の量的緩和縮小、ゼロ金利解除、そしてFRB資産圧縮とFRB金融政策が引き締めに向かえば、新興国からのマネー流出は加速化して、危機的状況に陥るケースも想定される。

そのような事態に備え、金準備を防波堤に見立て、経済ショックを吸収するための公的金購入が増えそうだ。但し経済危機という有事が実際に起これば、金準備の一部を売却して有事を凌ぐというケースも生じるであろう。「有事の金」の本当の意味は売って凌ぐことにあるのだ。

金価格予測においても公的金購入は長期保有なので重要だ。ジワリ金価格の下支えとして下値を切り上げる効果がある。

歴史的視点では1990年代から2000年代初頭にかけて欧州の中央銀行が相次いで数百トン規模の金売却を行った。当時は「これからは有事のドルの時代」と言われ、金利もつかない金は用無しと見做された。その結果金価格は250ドル、円建てで1000円割れという今では信じられない底値をつけた。その後中銀セクターで公的金売却を自主的に控えるための協定が締結され、金の下げは止まった。そしてリーマンショックを契機に米国経済の脆弱性が露わになるや、国際基軸通貨としての米ドルの信認は低下して、ドルの代替通貨として金が買われるようになったのだ。金の年間需給データでは公的分野が年間500トン程度の「供給項目」から年間数百トンの「需要項目」に移った。その供給量から需要量への絶対差は年間ベースで500~1000トンに及ぶ。年間生産量が3000トン台規模の金市場には大きな需給要因だ。

大量に公的金売却した欧州主要国中銀は、結果的にとんでもない安値で金を売り払ったことになりトラウマになっている。例えば英国は400トン以上の金を平均価格275ドル!で売り払い、後日議会で野党の追及材料になった。

なお、外貨準備としてプラチナや原油を保有する国はない。金は通貨とコモディティーの二面性を持つ貴金属なのだ。

それからドルに対する信認が低下しているというが、外為市場はドル高ではないかという反論もある。これに対する答えとしてはドル信認低下が長期的現象で、日々の外為市場でのドル高・ドル安とは異次元の話ということだ。相場を見るには現場を見る「虫の目」と潮流を見る「魚の目」と歴史的に俯瞰する「鳥の目」が必要である。

更に、そうは言ってもドル決済システムなしで世界経済は回ってゆかないとの議論もある。これは事実だ。そこで世界的通貨覇権への対抗措置として「最適通貨圏構想」を米マンデル教授が唱えユーロが創設された。世界共通通貨は政治的に無理筋なので、地域の基軸通貨を考えよとの構想だ。米大陸はドル、欧州はユーロ、アジアは人民元か円か、そして中東は金。

金本位制に回帰することはあり得ないが、金の裏付けのない信用通貨制度も限界がある。振り子が金本位制から信用通貨制度に振り切ったところで、元の方向に戻り始めたものの金本位制まで振り戻すことはなく、その中間で外貨準備として金を組み入れる動きが顕在化しているとも言える。そもそも金本位制は性悪説、信用通貨制度は性善説に基づく。中央銀行総裁も人間ゆえ間違えることもある。そこで人間の力が及ばぬ独自の希少価値を持つ金を組み入れることも必要なのだ。

加えて、我が日本国の公的金準備は846トン。世界第二位の外貨準備を持つのに、これは少なすぎるとの素朴な疑問もある。
基本的に日銀が金を買う行為はドル不信任票と見做されかねないので外交配慮上、公的金購入を控えているのだ。その代わり米国の借金証文である米国債をしこたま保有している。その米国は「金廃貨」の方針を明示しているのに、公的金保有量は断トツの8133トン。日本の約10倍。日本国民感情としてはモヤモヤ感が残るところだ。そこで日本人は個人的に金を保有して経済有事に備えよというのが筆者の持論だ。

2021年