豊島逸夫の手帖

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韓国系米国人カリスマ「神対応」の衝撃、日欧2社が逃げ遅れ

2021年330

先週からNY株式市場はざわついていた。26日金曜日午後には日本円換算で兆円規模の場外取引(ブロックディール)が実行されたと話題になっていた。
その実態が明るみに出たのが29日月曜日日本時間午後という展開となった。

蓋を開けてみれば、インサイダー取引の「前科」を持つ韓国系米国人のカリスマヘッジファンドマネージャー「ホワン氏」に、日米欧大手「投資銀行」が振り回されていた。ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレー、クレディ・スイス、ドイツ銀行、そしてNOMURA。
米系2社は26日に早々と投げ売り。日欧2社が逃げ遅れた。ドイツ銀行はリリースで損失は軽微と発表している。

使われた金融商品は専門用語でスワップ、日本ではCFDという名前で個人投資家に人気がある。証拠金を積めばレバレッジかけて売買ができて、結果としての売買差額だけが決済対象となる。今回のケースではレバレッジが8倍程度とされる。プロの立場では「匿名性」も魅力だ。名前を表に出さず大型売買を実行できるからだ。この点を逆に利用され、大手投資銀行が個々の売買額を膨らませ、総額が3兆円とも言われるほどの規模になっていたようだ。プロの間ではホワン氏のカリスマ性が鮮明な記憶として残り、投資銀行の営業部門が競って受注に奔走したと見られる。行内ではコンプライアンス部門の抵抗もあったようだが、営業部門が力づくで推進したことは、筆者の体験でも想像に難くない。「スワップ」取引から得られる手数料は円換算で100億円を下るまい。その代わり当該株式の価格下落リスクを負うことになる。それゆえ一行が売りに走るとドミノ式に連鎖現象が発生したわけだ。「売りの津波」の震源地はホワン氏と見られる。高値警戒感や増資発表などで下げ始めた米中ネットコミュニケーション有力銘柄の動きを警戒した同氏自身が売り始めたことが、大手投資銀行の見切り売りを誘発する結果となっている。

ホワン氏は「インサイダー前科」で大手投資銀行のブラックリストに載っていた。第一線から退き自己財産運用に徹するようになってからは、熱心なクリスチャンとして「神と社会への奉仕のための投資」を標榜してきた。「私はカネより神を愛する」と公言して、投資収益はキリスト協会へのご喜捨とした。

SEC(米国証券取引委員会)も事態を注視している。アルケゴス・キャピタル・マネジメントは、正確には「ヘッジファンド」ではなく「資産管理会社」なので「シャドー(影の)ヘッジファンド」とも呼ばれる。それゆえ情報開示義務もなく、規制の抜け穴的存在であった。富裕層の資産管理会社は、そもそも保守的な運用で資産を守る役目を果たしていたが、近年は積極的運用にも手を広げてきた経緯もある。SEC側の視点ではトランプ時代の規制緩和で骨抜きにされ、元SEC幹部はテレビで「スタッフ数が減らされ、要検査対象の1割程度しか実行できなかった。」と振り返る。その反動でゲンスラー新SEC委員長がバイデン政権のもとで規制強化に乗り出すキッカケにもなりそうだ。ウォール街にとっては懸念材料となった。

今回の一件はシステミックリスクに発展する可能性は低いと市場では見られている。しかしトランプ時代の規制緩和により生じた規制の抜け穴の全貌は不明だ。思わぬところに局所的リスクの塊が残っているかもしれない。市場は身構えている。

金市場でも影響が顕著だ。換金売りで金まで売られ1700ドル近くまで下げている。マージンコール(追加証拠金)支払いのための現金捻出法として金は売られやすい。よく金はATMの如しと言われる。とにかく今日明日現金が必要という切迫した事態になると売られるわけだ。有事の金という言い方があるが、まさに経済有事を凌ぐために売られたわけで、ヘッジの役割を果たしたということだ。リーマンショックの時もまず換金売りの大波で金は売られ3割近く暴落。その後、急速に買われ、当時史上最高値である4桁(1000ドル)の大台を突破したという経緯がある。

教訓:金は有事(含む家庭内有事)への備えで、平時から地味に買い増して、いざという時、売って凌ぐもの!有事が過ぎたら、買い直せばよい。

2021年