豊島逸夫の手帖

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中国と金 2022

2021年123

2022年金価格展望にあたり見逃せない要因が中国だ。世界最大の金需要国であり、コモディティーとしての金需給における存在感は大きい。更に中国経済の浮沈が経済ショックとなり、安全資産とされる金市場へのマネー逃避を誘発するケースもある。

特に恒大危機の余波が2022年まで続くは必至だ。リーマンショック級の危機ともなれば、リーマン後の金価格のように初期反応としてはマージンコールで必要な現金を調達するために、金も換金売りの対象となる。それが一巡すれば安全資産としての金爆買いが生じる。この可能性が金市場では語られるが、現実的には恒大危機がリーマン級になることはあるまい。恒大集団の債権者の殆どは中国人であり、リーマンショックのように高リスク商品が世界中で保有され、ショックがグローバルに拡散することは考えられないからだ。

唯一、中国のハイイールド市場は激しく動揺している。

今後の問題としては恒大集団、更に他の大手不動産の経営危機に際して、当局が救済するか否かが2022年にかけて注目されよう。習近平政権としても非常に悩ましい判断だ。不動産大手企業や富豪社長をあからさまに救済すれば、「共同富裕」構想に反する事態となる。かと言って救済せねば、中国GDPの3割近くを占める不動産関連セクターの急激な委縮を招き、既に減速中の中国経済の足を引っ張ることは必至だ。結局目立たぬように舞台裏で、特に大手国策銀行と地方政府が関与する形でのステルス救済となる可能性が最も高い。事実恒大問題も地方政府介入・主導で国策銀行を使い公的救済策が進行中だ。同時に恒大トップを見せしめ的に罰する動きも顕在化している。

筆者は中国の銀行の貴金属部のアドバイザリーを務めた時に、その内部事情を色々見てきた。言わば貴金属という特殊なルートを通じて銀行の奥の院までお出入り自由となったのだ。そこで見たのは国策銀行の実態であった。例えば社内会議では殆ど発言しないが上席に座る人物がいる。銀行内中国共産党委員会の序列上位の幹部たちだ。常に睨みを利かせ、党の意向を行内に反映させる。破綻企業救済なども経済の原理を超えた党による超法規的措置を強行することができる体制なのだ。

とは言え、マーケットでは中国不動産業界発のリスクオフが発生するシナリオは充分に考えられる。このケースでは金買いが加速しよう。更に中国人の個人資産運用ではその5割以上が不動産なので、そこに損失が生じると金という実物資産が買われる可能性がある。基本的に中国人は人民元を信用していない。文化的金選好度も高い。不動産の代替資産として金がひとつの選択肢となる可能性はある。筆者はセミナーなどで「金価格が長期的に下落することはあるか」と聞かれるのだが、「それは中国人が金を嫌いになる時」と笑いながら答えている。

更に、個人資産運用の中核にある不動産価値の劣化は負の資産効果により個人消費を委縮させるリスクも孕む。

なお、中国当局は過剰流動性の受け皿のひとつとして金を位置付けてきた。実際に上海の金国際会議で中国人民銀行の高官が「国内過剰流動性が不動産市場に流入すれば暴れるが、金市場に誘導すれば金地金を長期退蔵するだろう。当局としてはその方が好ましいので、上海に金取引所を創設した。」と語ったことがある。
但し、最近は民間金売買規制の動きも浮上している。例えばマネーロンダリングに使用されることを念頭に置いての措置だ。

貴金属関連の「理財商品」も少なくない。恒大問題では恒大関連部門に投資して年率7%を謳う「理財商品」を購入した多数の個人投資家が恒大本社に乱入したことで「理財商品」のリスクが露わになったので、規制が強まるは必至だ。そもそもシャドーバンクが組成して大手商業銀行が「簿外扱い」で個人投資家への販売を仲介した。個人投資家へのリスク開示も殆どなかった。

ここでも習近平政権は危うい綱渡りを強いられている。
怪しげな理財商品を買った個人投資家を救済すれば「投資で損しても、お上が救いの手を差し伸べてくれる」というモラルハザードが強まる。中国人個人投資家の金融リテラシーのレベルは非常に低い。

しかし、個人にお灸を据えるために救済しなければ、社会不安勃発は不可避であろう。これは中国共産党が最も嫌うところだ。不満をSNSなどで語れば拘束されよう。とは言え習近平流の強権政治も人間の儲けたいという金銭欲望までは規制できない。
筆者は貴金属関連に投資する理財商品の販売の現場を見てきただけにそのリスクを強く感じるのだ。

なお、中国の投資用金のインフラは大手商業銀行が中核となっている。各行ともに預金口座数も3億とか5億の規模で、その口座保有者の多くが文化的歴史的背景により金大好き人間なので、銀行としても金の営業基盤は強い。金の輸入段階から大手銀行が直接関与している。行内でも金関連を営業的に重視するケースが少なくない。下の写真は支店内に設けられた金売買体験コーナーの事例である。

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2021年