豊島逸夫の手帖

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金1830ドル台で正念場、震源地は債券市場

2021年11月10日

今日は分かりにくいと思うが重要な話だ。

5日発表の10月雇用統計は良い数字が並んだが、ドル長期金利の指標である米10年債名目利回りは1.4%台に急落した。「一瞬、見間違いかと思った」と言われるほど「謎の金利低下現象」であった。そして9日発表の米国卸売物価指数も年率8.6%と前月に続く高水準となった。それでも10年債利回りは上がらず、1.4%台に留まった。米経済テレビ番組に出演した債券専門家が「さっぱり分からない」と異例のお手上げ宣言をしたのが印象的であった。

市場では様々な要因が議論されている。
まず、パウエル議長がテーパリング開始でも利上げは別問題(デカプリング)と位置付け、利上げのハードルが高いことを強調していること。まだ当面は縮小されてもFRBの緩和姿勢は続くとの市場の読みだ。

9日にはサンフランシスコ連銀デイリー総裁が「2022年年央までは忍耐強く見守ろう。」と語った。ミネアポリス連銀カシュカリ総裁も「米国経済は色々異なったシグナルを出している。ここは心を広くして受け止めるべきだ。」と同様の発言をしている。Patience(忍耐)は最近のパウエル議長が好んで使う表現だ。

次に、一時は最も混みあっているトレードとされた米国債売りの残高が膨らみ、その巻き戻しが始まったこと。今や米国債券市場にも過剰流動性の余波で投機マネーが跋扈(ばっこ)している。彼らは専らモメンタムで動くので、その動きの理論的説明を試みても詮無きことだ。

唐突に利上げを撤回したイングランド銀行ショックも要因のひとつとされるが、NY市場では「ショック」と言うほどのインパクトは感じられない。

結局、色々理由は考えられるが誰もが納得できるような明確な説明に欠けるので、債券市場では不安視されている。

この謎の金利低下が金価格上昇要因となっている。
キッカケのひとつとして注目されるのが、10年債と2年債の利回り格差を示すイールドカーブの平坦化だ。この利回りスプレッドが9日には1.05%まで縮小した。年前半には1.5%台、10月半ばには1.2%台の水準であった。グラフにするとイールドカーブは明らかにフラットになっている。一般的にこの平坦化現象は景気後退・リスクオフの兆しとされ金には追い風となる。

但し、この平坦化現象の内訳がこれまでの事例と異なっていることが注目される。
当初は2年債利回りが急上昇して10年債利回りは大きく動かず、その結果平坦化した。しかし今回は2年債の動きは限定的だが10年債利回りが低下している。
そもそも2年債は政策金利との連動が強く、10年債は市場での景況感を映す。従って当初は経済過熱に対してFRBが利上げを急ぐ可能性が意識された。しかし今回は企業業績も生産制約由来のコストアップの影響を受け、経済は伸び悩み、FRBは利上げについて忍耐強く経済状況を見極める姿勢であることを示す。
同じイールドカーブの平坦化でも、その背景は大きく異なるのだ。

更に、債券市場発で金に強い追い風も吹いている。
ドル実質金利の指標である米10年債実質利回りが米財務省発表の数字によれば、11月に入ってマイナス0.92%から9日はマイナス1.17%まで急落しているのだ。債券を保有しても目減りする状況ゆえマネーは金などの実物資産や株式などリスク資産に流れやすい。

金価格がレンジを上抜けるか。
今や金価格変動の震源地となった債券市場の動きから目が離せない。

2021年