豊島逸夫の手帖

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金価格、1860ドル台に急落

2021年64

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国際金価格が1860ドル台に急落(KITCOグラフ緑線参照)。円相場は円安に振れたが円建て金価格も下がっている。

きっかけは米新規失業保険申請者数が5月23~29日の週で38万5000件とコロナ危機勃発後の最低を更新したこと。この統計は雇用の先行指標として重要だ。雇用が改善すればFRBも量的緩和縮小、更に利上げにも踏み切れる。
続いて、米国の民間会社ADPが毎月発表する全米雇用レポートでも雇用者数が前月比97万8000人増えた。
更に続いて、これも重要な米ISM非製造業景況指数が発表。64と1997年の統計開始以降で最高の数字を記録した。

これらの結果、米長期金利は1.6%台で上昇。外為市場ではドルインデックスが90台で上昇。ドル高に振れた。一方ビットコイン相場は反騰。
金の売り材料が3つ並び、上昇を続けていた金市場には格好の調整売りの機会となったのだ。中期的な流れで見れば、乱高下を繰り返し、徐々に底値を切り上げる構図に変わりはない。

なお、昨晩はバイデン大統領が法人税増税(21%から28%へ)を撤回するとの観測報道も流れた。強く反対する共和党へ歩み寄りの姿勢を見せたわけだ。

金市場の視点では、増税なくば、誰が、どのようにして、バイデン大型財政案(5兆ドル近く)を払うのか。疑問は深まる。結局ほったらかしでインフレを容認すれば、国の借金は実質的に目減りすることになる。昨日も書いた「通貨価値の希薄化」は必至だ。問題はタイミング。これは今後のコロナ情勢次第だ。

さて、今後の米経済見通しについてまとめてみた。タイトルは「米経済の実態、飲食業は『弁当販売中止』、日本には教訓も」。
2日に発表されたFRB地区連銀経済報告(ベージュブック)を読むと、米経済の回復実態が鮮明に見えてくる。NY市場の元同僚たちとの定例ズーム会議で聞かされてきた様々なエピソードとも合致する。

その典型が飲食業だ。レストランはいよいよ本格再開だが、どの地区でもとにかく労働者不足と素材価格高騰に悩む。まずはキッチンと接客のスタッフがリクルートできない。ペントアップ需要満々の来店客に対応するため、コロナ制限中の主力であったテイクアウトまで手が回らない。素材調達難やスタッフのシフトを組むために日曜を休業とする店も増えている。店内サービスも遅れがちで行き届かない。労働者不足の理由として手厚い失業保険で勤労意欲減退や感染不安などが挙がる。

時短・酒類提供自粛でどん底の日本との対比が鮮明だ。米国の事例は贅沢な悩みと映る。とは言えこれが日本飲食業の半年後の姿かもしれない。五輪が開催にせよ中止にせよ終了して、ワクチン接種も進めば日本のペントアップ需要も噴出必至であろう。そう考えれば暗闇の中の一筋の光明にも見える。
米国レストラン業の今後の注目点はコストアップの転嫁。ベージュブックでボストン連銀はマサチューセッツでメニュー価格が急騰と記している。

一方、住宅部門は既に過熱傾向が顕著だ。代表的な住宅価格指数とされるケース・シラー・インデックスの3月分は前年同期比13%の急上昇で、15年ぶりの上げ幅を記録した。この指数を開発したエール大のシラー教授は「これまで経験のない勢いだ」とコメントしている。因みに筆者は同教授と大学研究室で対談したことがあるが、熱心な株式投資家でもあり、これも自ら開発したシラーPER(CAPEレシオ)を駆使して株価見通しを説明してみせた。
そしてベージュブックでも各地域での過熱感が描写されている。米大統領選挙で激戦州であったフィラデルフィアの地区連銀も住宅部門が売り手市場で、買い手の提示価格が売り手の希望価格を上回る事例が珍しくない。決済は即現金。下見もせずと報告している。

筆者参加の「ズーム会議」でも過熱感がしばしば語られる。
例えば、典型的地方都市のデンバーでもコロナの影響で、より自然に近い住宅環境を求め州内の小都市への転居が増えている。その際デンバーの住宅は売らずに賃貸するという。後々デンバーに戻りたくなっても、おそらく住宅価格が手の届かぬ水準まで高騰している可能性があるからだ。ここでも売り手の希望価格より最低でも3万ドルは高い価格を買い手が提示するという。下見と言っても売り手は特に構わずほったらかし状態のまま。それでも平均1週間以内で買い手が決まるようだ。

なお、低コスト地域への転居で経済的に余裕ができると共稼ぎの1人が離職する傾向もあり、これは労働参加率低下の一因となりかねない。

かくして「原状復帰」に戸惑う飲食業とバブル感漂う住宅部門を対比すると、今の米国経済の断面図が見えてくる。
今回発表のベージュブックを基礎資料として6月のFOMCで議論が交わされる。テーパリングについて「話し始めることについて話し合う」段階だが決断は容易ではなかろう。今や市場のキーワードは「忍耐」。辛抱強く待つということである。

エール大学研究室でシラー教授と対談風景3273b.jpg

2021年