豊島逸夫の手帖

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金価格は「日銀の通信簿」

2020年8月19日

「日経ゴールドコンファレンス」が18年連続で開催された時期があるが、その懇親会で来賓スピーチを依頼された日銀理事氏がこう語ったことがある。
「中央銀行にとって金価格は通信簿のようなもの。金融節度が守られていれば投資家が代替通貨購入に走ることはない。金価格が上がるということは金融政策に対する評価がよろしくないということだ。」
確かに代替通貨の代表格である金を買うという投資行動は通貨への不信任票とも言える。本音だろうと感じた。

私事になるが筆者の知り合いの中でも元日銀マンが少なくないのだが、退職金で金を買うので相談に来る人が少なくない。40年間「通貨の番人」を務めた友人たちだが、退官翌日から一個人投資家となる。現場で円という通貨がばら撒かれる実態を見てきた人たちの投資行動ゆえ妙に説得力があり、ひんやり背筋が寒くなることもある。筆者が民間銀行勤務当時、新入行員として1万円札の「札勘定」を連日大量にこなしていると、紙幣の束が単なるペーパーとしか感じなくなったことを思い出す。その後スイス銀行でゴールドトレーダーとなり、本店金庫に山と積まれた金塊を見て「刷れる紙幣と刷れない金」の違いを実感したものだ。

実際にセミナーで投資家の声に接すると「未曽有の量的緩和の出口が不安。今でこそディスインフレだが、老後まで考えるとインフレリスクも意識せざるを得ない」ので金を買うとの見方が目立つ。特に70年代のオイルショックに起因するインフレを体験した世代は「トイレットペーパー買い占め騒動」を思い出すようだ。一方インフレを知らない世代は実感が湧かずピンとこない。世代間の認識ギャップが鮮明である。

なお、冒頭の国際会議で議長役を務めた筆者が日銀幹部に金についての「ご進講」を依頼された時には、日銀が「インフレ期待を計る指標のひとつとして金価格動向を注視している」とのことであった。中央銀行会議の常連ともなると金に関する知見も豊富である。

国際金市場では今回の金高騰が「金融政策への不信を映す事象」と見られている。異常なペースで膨れ上がる主要中央銀行のバランスシートだが、いずれ「資産圧縮」は不可避であろう。そこで市場が想起するのが「バーナンキショック」だ。2013年、当時FRB議長だった同氏が量的緩和の縮小(テーパリング)を示唆したことで市場が大混乱に見舞われた。これに懲りたかと思われたが、パウエル現議長も就任直後「予定通り資産圧縮」を示唆しただけで、マーケットに波乱が生じたという苦い経験を持つ。とは言えばら撒いた巨額のマネーを放置することもできまい。対コロナ有事対応として発動された至れり尽くせりの金融政策だが、その出口の厳しさを身をもって感じているのが他ならぬ中央銀行家たちであろう。「刷れない金」の価値が上がるという現象の意味は深い。

なお、国際金価格は2000ドルを回復した後、2000ドルを挟む展開になっている。米国の代表的株価指数SP500がこのコロナ禍に史上最高値を更新した日に、金も2000ドル再突破という成り行きも今年ならでは。SP500株価指数は今年2月に史上最高値更新した直後にコロナ勃発で33%暴落。その後現在に至るまで54%反騰した形である。コロナ禍に喘ぐ実体経済から遊離した株高だが、全ては手厚い至れり尽くせりの金融・財政一体の経済政策のおかげ。特にマイナス実質金利(マイナス1%)により、マネーがリスク資産の株にも安全資産の金にも、ところ構わず怒涛の如く流入している感じだ。時ならぬコロナバブルである。

2020年