豊島逸夫の手帖

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米中第一段階通商合意に暗雲

2020年1月15日


「現行関税引き下げについては中国側の合意決定事項履行状況を見て決める。米国大統領選挙後にずれ込むことも。」
「関税引き下げの道筋は決まっていない。トランプ大統領は第二段階交渉のため訪中を考慮している。その時期は大統領選挙直前か。関税引き下げ案も選挙直前に発表の可能性も。」
米中通商交渉の第一段階合意署名式がいよいよカウントダウンに入った段階で懐疑的報道が相次いで流れている。


署名式前夜14日のNY株価も前場は大手銀行好決算を歓迎してダウ平均が160超の急騰を演じたが、後場はこれらの報道で急変。前日比32ドル高で引けている。
結局、蓋を開けてみないと分からない。


現段階ではUSTR(米国通商代表部)のウェブサイトに載っている19年12月13日付け声明文だけが公式発表だ。そこでは米国が約2500億ドルの中国からの輸入に対する25%関税は維持。約1200億ドル分については7.5%(引き下げ)とだけ記されている。


この「第一段階」が合意されれば、対中関税は約2500億ドル分に対する25%と、約1200億ドル分について残りの7.5%ということになる。
この分は第一段階決定事項の履行順守次第というのが米国側のスタンスとされる。
対する中国側の切り札は米国農産品購入だ。400億ドル相当とされるが、中国側が果たして具体的購入額を明示するか否かは定かでない。400億ドルと言っても、既に米国から輸入してきた分と、今後の努力目標としての分に分かれる。


この購入を主たる武器に出来るだけ多くの関税引き下げを勝ち取りたい。足元で若干好転の兆しも見えるが中国経済の減速傾向は変わらない。貿易戦争で失われた雇用を取り戻すことは中国側の喫緊の案件である。その中国の弱みを突き、米国側は通商交渉が決裂したら関税引き下げどころか経済的に元も子もないと威嚇する。


決定事項の履行検証についても米国は厳しく主張する。しかし中国側からみればお目付け役にコンプライアンスを見張られているようで抵抗感が強い。米国側も武士の情けで敢えて「ルール順守、検証」という表現は避け、「仲裁機関の設立」に留めている。


決定事項の達成率に応じて関税を引き下げるという発想も見られる。それをトランプ大統領は「第一段階で60%」と語った。中国側は当然、達成率はそれ以上とはじく。とは言え数量化は難しい。


米国側も弾劾問題を含め、大統領選挙の趨勢が予断を許さない状況だ。
トランプ大統領も第一段階合意を何が何でも「グレートなディール」という言い回しから「出来る範囲でのベストディール」という表現に変えてきた。現状で折り合える範囲の合意ならば有権者にも成果を誇示できる。それも大統領選挙直前ならばインパクトも強くなる。
決裂だけは許されない。


それゆえ1200億ドル分の関税引き下げ幅の7.5%という数字は、中国側から見れば引き下げさせたとも言えるし、米国側としてはまずはこの程度で抑え相手の出方を見るとも言える。
米国大統領の視線は接戦州に向いている。


一方、中国国家主席は国内に弱腰と映る交渉結果だけは避けねばならない。米中通商交渉に関する報道規制も厳格化されてきた。
欧米ではカウントダウン開始の時点でも冒頭に記したような観測記事が飛び交う神経戦が展開されている。
市場にも張り詰めた緊張感が漂っている。


金価格にとっても心理的節目の1450ドル攻防の重要なところだ。米中合意を視野に現在は売られやすい地合いだが、ちゃぶ台返しもあり得る。

2020年