豊島逸夫の手帖

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半沢直樹が投資家に「恩返し」

2020年10月14日

筆者は片岡愛之助のファンで、彼が主演の歌舞伎座には足を運ぶ。テレビ連ドラも、興味はないが、「半沢直樹」だけは例外だ。但し、視聴は、出張NY便のビデオで「人気連ドラ、全話フル動画」。13時間フライトゆえ、ちょうど、10回分が通しで見られる。

今回、新たなシリーズ放映ということだが、NY出張は当分なさそうで、視聴はいつのことになるやら。「な・お・き」が東京中央銀行から東京セントラル証券へ出向という設定。「愛サマ」演じる金融庁検察官「黒崎」氏のオネエ度が更に高まり、証券取引等監査委員会の検査を演じているとのこと(全て、視聴している家族からの情報)。

証券関連ネタとは、インサイダーなどドラマ化しやすい分野ゆえ、番組制作側も面白いところに目をつけたものだ。

金融検査関連で、最近、ウォール街で実際に話題になったネタといえば、内部告発して報償金約50億円相当を手にした米銀行員の話がある。

バンク・オブ・ニューヨークの外為トレーダーが、大手年金に法外な外為レートを吹っ掛けたことをSEC(米国証券取引委員会)に密告。SECは銀行側が払う罰金の10~30%を内部告発者に支払う仕組みゆえ、巨額の報償金を得たのだ。

司法取引ならぬ金融調査取引で、いかにも米国らしく興味深い。

思い起こせば、筆者もスイス銀行チューリッヒ、ニューヨークで外国為替貴金属部門のトレーダーとして勤務していたとき、ニアミスに近い事例に何度も遭遇したものだ。

そもそもトレーダーは対カンパニーの忠誠度よりトレーダー間の横の繋がりのほうが強い傾向がある。ギルド的な匂いは未だに残る。それゆえ、LIBORの不正操作などの事例が時々明るみに出る。しかも不正事件が起きるたびに内部コンプライアンスは強化されるいっぽうなので、その反動で、仲間意識は強まる。

そこにメスを入れるとなると、数十億円の報償金をちらつかせ、仲間内のライバル意識を巧みに刺激・利用することが、有効な捜査手段になることは想像に難くない。

「隣組」の如く、社員を互いに見張らせる手法もある。

筆者が実際に体験したことだが、行内で全ての文書に、課長、部長など同じレベルの管理職2名の署名が必要とされる。今なら、内部監視制度などネットで容易に設定出来よう。

この制度に縛られると、職場には、常になんともいえない猜疑心が漂い、実に気まずいものだ。特にスイスという国の地方行政区画は、小国なのに26もの「カントン=州」から成る。言語もドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語に分かれる。そもそも19世紀までは、独自の郡や通貨を持った主権国家であった。

その細分化された民族集団を中央政権が主導するには、徹底したルール順守が必要だ。そこには「性悪説」に基づく内部監視・告発が欠かせない。

時あたかも、米国の大統領選挙では「多民族国家の法と秩序」が最大論点となっている。こればかりはマーケットも持て余す。次期大統領が決まるまでうっかり動けない。

ひるがえって、我が日本では、同一民族内の「派閥の力学」が次期首相を決める。こちらは、永田町発の情報が株価を揺らす。

マーケットで働くトレーダーも、基本的には対カンパニーへの忠誠度が高い。外資系の参入で景色は変わりつつあるものの、欧米市場から見れば、「サラリーマン・ディーラー」意識が色濃い。そもそもコロナ禍でもロックダウンではなく自粛でかなり統制可能な国柄だ。

それゆえ、筆者の目には、個人投資家も「飼い慣らされている」感が強いと映る。日経マネーを読みこなせないレベルの初心者は、「大本営発表」を鵜呑みにする傾向がある。コメントの発信元の「企業ブランド」や「肩書」で判断しがちだ。独立系の市場参加者たちがメディアで本音を戦わせる米国との違いが鮮明である。

マーケットに流れる情報の洪水に対峙するには、「紙面や放送時間を埋める」ためにやたらに複雑化したうえで解いてみせる手法にも要注意だ。

一般個人は戸惑う。「半沢直樹」が高視聴率番組となるのは、金融・証券市場内の真実を知りたいとの漠とした本能を刺激するからではないか。

投資家が心理的操縦の餌食になったら、「お・し・ま・い death」。

以上

なお、本稿は日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層真理」に載せた原稿です。

2020年