豊島逸夫の手帖

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金上昇をもたらすコロナ危機の総括

2020年4月6日

本当の危機は7月からだ 米国失業ショック後に始まる株式市場の「新常態」

首題の原稿をダイヤモンド誌に寄稿しました。

https://diamond.jp/articles/-/233809

以下はその元原稿。

■本当の危機は7月以降 米国失業激増の後に始まる「新常態」

新型コロナの恐ろしさの本質は、「どれだけ感染が拡大するのか」「どれだけの人が犠牲になるのか」「いつ終息するのか」といった基本的な問いに、世界中の誰一人として確かな予測を示すことができない点にある。この極端に視界不良な状況は市場が最も嫌うところだ。それゆえ今年2月以降の株価の前代未聞乱高下の最大要因となっている。

一寸先は闇の状況で当面市場は何をよすがとしているのか。すばり、米国感染者、死者数だ。その最たる例がトランプ米大統領が3月31日の記者会見で言及した米国での死者数予測。「新型コロナによる国内死者数は最低でも10万人に上る」。日本時間朝7時台のことであったが、この10万人という数字が瞬時に世界中の市場を駆け巡った。

このデータの出所は米国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)のアンソニー・ファウチ所長(79歳)である。過去6代の米大統領にエイズやエボラウイルスなど感染症の対策を助言してきた権威で、新型コロナではホワイトハウスのタスクフォースの主要メンバーを務めている。トランプ記者会見にも同席して遠慮せず本音を語るので、今やファウチドーナッツなどが発売されるほど。一躍、時の人になった。その彼が、あらゆる感染拡大対策を講じた上での「ベストシナリオ」でも10万人が死ぬ、と指摘したのだ。

メディアでは失業保険、失業率など雇用関連経済統計が囃される。

米セントルイス連邦準備銀行は米国の失業率が、4~6月期に32.1%に達すると予測している。これはもっとも厳しい条件を前提とした「ワーストシナリオ」だ。米ゴールドマン・サックスの予測は15%とやや控えめ(と言ってもリーマンショックを上回るが)ながら、国内総生産(GDP)成長率はこの期間に34%減少するという。

しかし、新規失業保険申請指数が6百万件という途方もない数字が発表されても、当日のダウ平均は急騰。結局469高で引けた。プロの視点では「このような雇用不安に備えた2兆ドル規模財政出動ではないか」。

人命を救うベストシナリオは、経済を著しく停滞させるワーストシナリオでもある。ニューヨークをはじめ全米各地で死者増加ペースを鈍化させるためにロックダウン(都市封鎖)などの対策が、疫学的に意味のある期間、厳格に行われても、10万人の死者が出て、3人に1人が失業し、GDPがマイナス34%落ち込むのである。一時的にせよ1930年代の大恐慌レベルのショックを覚悟せねばならぬ。しかも中国の現状が示すとおり、ショックが去っても、個人消費は戻らない。ここにも「消費の新常態」を見る。

こういった劇的な悪化を、米国や日本、世界のマーケットは織り込んでいくことになる。

ここでひとつ指摘しておきたい。失業率を含む雇用統計は遅行指標であり、事態が刻一刻と変わる新型コロナ相場においては実態を十分に反映しない。新型コロナがもたらす新常態(ニューノーマル)の一例と言えよう。

さて、米国と世界がポストコロナの新常態に突入する過程は、市場の動きを4段階で整理できる。

第1ステージは、新型コロナというバイオショックに対するパニック的初期反応。2月下旬からの急激な下げ相場がそれだ。第2ステージは、米連邦準備理事会(FRB)による無制限の量的緩和策など、3月中旬以降の相次ぐ超大型金融財政政策対応。市場には期待と懐疑が交錯。資産価格変動が増幅された。

これから訪れる第3ステージでは、4~6月期に惨状とも言える経済の実態を映す統計数値が続々と判明し、金融財政政策が期待通りの効果をもたらしたか否かが問われる。これまでに経験したことのない短期で極限の経済変動に有事対応の非伝統的政策は効くのか。既に金融政策のバズーカは打ち尽くした。

この過程で日米株式市場は、二番底を形成していくだろう。これは経済の収縮に見合った新たな均衡値を模索する動きである。当然ながら日経平均株価も「身分相応」の水準になっていく。首都ロックダウンの可能性も、ヘッジファンドは売りの機会として意識している。

この時期の日経平均は、私は1万6000~1万8000円と見る。日本銀行の上場投資信託(ETF)買い入れは、日経平均を4000~5000円押し上げる効果があったとされる。足元の相場で分かるように、日銀のETF買いはもはや市場の下落に歯止めをかけられず「日銀が市場に負けた」とさえ言われる。過大評価されてきた官製相場の「真水」の実力値として1万6000~1万8000円に収れんしてゆくだろう。

「市場のことは市場に聞け」とはよく言ったものだ。実際にオプション市場ではすでに、日経平均(4月物)では権利行使価格が1万~1万2000円のプット(売る権利)でもっとも取引が成立している。投資家皆がこのレンジまで実際に株価が下がると考えているわけではないが、「1万2000円でも買い取り保証してくれるならいい」という心理があるのも事実なのだ。

人類が初めて経験する新型コロナウイルスに発する経済ショックには過去の経験則が通用しない。これまでの思考のハードディスクから一旦消去する必要がある。ポストコロナの新常態に人間が適応せねばならぬ。

第4ステージは新型コロナの終息宣言が出た後の出口の部分だ。冒頭に指摘したように、「いつ終息するのか」はまったく不透明で、SARS(重症急性呼吸器症候群)のようにその夏に宣言が出る確証は何もない。だがいつであっても、実はこの出口に向けたステージがもっとも「やばい」と私は考えている。

出口に向けては、いくつもリスクがある。米国について言えば、無期限かつ無制限の非伝統的金融政策をどう終息させるのか。米財務省が増発する米国債をFRBがいくらでもお金を刷って買いまくるという政策は、まさにヘリコプターマネー。感染拡大が深刻化する4~6月期の傷口を抑える「ばんそうこう」にはなる。だが病巣の治癒は期待できない。しかも約2兆ドル(約214兆円)の財政出動ともなれば、ヘリどころかジャンボ機マネーとやゆされる規模だ。更にトランプ大統領は、上積み2兆ドル規模のインフラ工事投入を唱え出した。総額4兆ドル。この帳尻をどう合わせるのかが、7月以降に問われてくる。

まず経済が成長しないのにお金の量だけ増やせば、長期的視点ではインフレを招く恐れがある。また、米国債の債務不履行(デフォルト)リスクが高まり、米国債の格下げをトリガーとする連鎖的な金融ショックが起こる可能性もある。米国債のデフォルトなど、これまではトンデモ本が論じるレベルの話だった。だが2兆ドルという財政出動の規模は、米国の名目GDPの1割に相当する。この巨額財政のために国債を増発すれば、実体経済がすでに傷んでいる米国の国債に対して格下げが行われる可能性は十分現実味がある。

デフォルト不安という点では、貸付債権をまとめて証券化した「ローン担保証券(CLO)」にも警戒すべきだ。CLOは米国の財務基盤が弱い企業への債権をまとめたもの。バブル的に成長したシェールオイル関連企業の債権が多数含まれる。新型コロナを受けて原油価格が暴落する中、シェール企業の経営破綻リスクは着実に増大している。既に今週は破綻事例が勃発した。世界にばら撒かれたCLOの破綻は、リーマンショックでのサブプライムローン証券化商品と酷似する。結果的にリーマン時のごとき金融ショックをもたらすおそれがある。CLOは日本の機関投資家も大量に買っていることを念頭に置いておきたい。

米国については政治リスクも重要だ。1つは11月の大統領選挙。新型コロナ対応でトランプの危機管理意識が危惧される中、バイデン氏のような民主党候補が勝利すれば、本人も公言しているが法人税減税はリセットされよう。トランプ相場による株高は新型コロナで全部吹っ飛んでしまったが、法人税増税ともなれば、株安に拍車がかかるは必定だ。

もう1つの政治リスクは米中関係である。大統領選をにらみ、トランプ氏は新型コロナ問題を中国に責任転嫁しようとしている。中国たたきは選挙で票が取れるのだ。今年1月には米中貿易摩擦が休戦状態になったが、選挙戦で苦境に立つとトランプ氏は、関税をめぐる中国との取り決めをほごにすると言い出しかねない。これで米中貿易戦争が再燃すれば、国内有権者の歓心は買えても、実体経済はさらに冷え込む。コロナ相場に米中貿易戦争が絡むと、株安も複合構造になる。

かくして平時ならひとつひとつが大きなリスク要因が同時多発する。これが新型コロナショックの出口に向けて起こるリスクシナリオとして意識すべきであろう。

2020年