豊島逸夫の手帖

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金専門家、後継者養成の難しさ

2022年5月9日

以下の原稿を読売新聞に寄稿した。初心者向けである。
読売新聞には金についての原稿を一回ポッキリではなく、今後定期的に書くことになった。年に2回程度では打ち上げ花火で終わってしまう。特に経済紙ではなく一般紙の読者を想定している。

更に筆者は独立して以来、この10年ほど後継者育成にも力を入れている。筆者が金の世界に入ったのが1970年代。それ以来、川上から川下まで様々な得難い体験を世界中でさせてもらったので、その知見を伝えてゆきたいとの思いだ。そもそもカメちゃんこと亀井幸一郎さんを、FP会社に居た彼を金の世界に引きずり込んだのは筆者だった。池チャンこと池水雄一さんも、住友商事で彼の先輩たちと筆者が働いたスイス銀行が協力して東京金市場を創設して以来の関係で知り合った。今や両氏ともベテランである。

ただ後継者育成と言っても、日本企業は人事異動で担当がクルクル変わるので一貫した教育指導が難しい。
メディアでも金担当記者が一年ごとに変わるので、独立系の筆者が中立的立場で毎年新任のオリエンテーション役を務めているのだが、ようやく慣れてきたと思う頃にはもう異動となる。編集委員クラスには経験豊富な人材もいるが。

更に金は話題になる時が限られるので、今のように市場大荒れの時もあれば、膠着してメディアの記事になり難い時期もある。

トレーディングにしても筆者は否応なく自己勘定で大きなリスクを取らされ、国際市場での相場の修羅場を体験したが、今はコンプライアンスも厳しく、業務は専らリスクを回避して裁定取引(アービトラージ)に限定されてしまう。筆者の場合はリスクを取らないトレーダーはブローカーだと言われ、リスクを積極的に取れと尻を叩かれた。高速度売買が一般化した今でも、相場は自ら胃が痛くなるような体験をしないとその実態は分からないものだ。人的ネットワーク形成もNY駐在2~3年程度ではNY市場の内部に食い込めるはずもない。

よって筆者は自由な立場ゆえ、機会あるごとに手弁当で専門家養成レクチャーなどを継続してきた。今後も続けてゆく所存だ。

さて、読売新聞記事は以下のとおり。

「金」の価格は、日本市場・国際市場とも上昇を続けています。その理由や、実物資産である「金」の上手な購入・運用方法などについて、スイス銀行で国際金融業務に従事した経験を持つ経済アナリスト・豊島逸夫さんに聞きました。

■ 円安の追い風を受け、国内の金価格は史上最高値へ
国内金価格が史上最高値を大幅に更新しました。ニューヨークやロンドンの国際市場で取引されるドル建て金価格も史上最高値に接近中なのですが、日本市場では、なんといっても円安の効果が突出しています。金は輸入されるので為替の影響も受けやすいのです。原油や小麦などの生活必需品の輸入価格が上がるのは困りものですが、資産として買われる金の価格が上がることは投資のリターンを享受できるという話になります。特に、原油や小麦は燃えたり食べたりしたら、それで消えますが、金は腐食せず、その価値は古代エジプトのツタンカーメンの時代から維持されているので、貨幣として使われてきた長い歴史があるのです。

■ 金価格上昇の二つの理由~ウクライナ戦争とインフレ~
それでは、国際金価格は何故上昇しているのか、といえば、やはりウクライナ戦争とインフレの二つの要因が効いています。
ウクライナといえば、日本から見れば遠い国ですが、ロシアによる軍事侵攻、更に核兵器使用の可能性となると北方領土問題をかかえる日本も「有事」が他人事ではなくなりました。特に、ロシア軍が弾道ミサイル発射訓練を日本海で実施するに及び、筆者でさえ、脅威を感じるようになりました。おりから円安が急進行していることで、円の実力、即ち、購買力がみるみる落ちています。
このような切迫した状況で、日本の金市場でも、これまでの経験則とは全く異なる事態が生じているのです。国内金価格史上最高値ともなれば、従来は貴金属店の店頭は保有している金を売りに来る顧客のほうが圧倒的に多かったのですが、今回は、顧客の売りと買いが交錯しているのです。これまでなら、高値で利益確定売りが普通の発想だったのですが、今や、将来の日本がどうなるか、心配なので希少価値に基づく独自の価値を維持してきた金は売らずに、あるいは、新たに高値でも買うという不安心理が勝るようになっているのです。この新現象には、金の世界に40年以上携わってきた私も本当に驚きました。しかも、これまでは物価が上がらない国というレッテルを貼られてきた日本でも、諸物価が徐々に上がり始めて家計を圧迫しています。1970年代のオイルショックを経験した世代であれば、インフレでスーパーのトイレットペーパーまで買い占められたことが思い出されます。円という通貨の購買力がインフレで下がると、消費者は価値が目減りする紙幣よりモノで持ちたがるのです。そして投資家もモノの代表格である金の現物を購入する傾向が顕著になるのです。事実、70年代には、金価格が3倍も急騰して、物価上昇率を遥かに上回り、インフレに勝った実績があるのです。

■ 米国で進む大型インフレ
今、米国では年率8%以上のペースでインフレが進行して政治問題化しています。特に、日銀総裁にあたるFRBパウエル議長が痛恨の判断ミスを犯したことが批判されているのです。米国のインフレが2~3%を超えた時点で、「これは一過性」と断じ、ゼロ金利政策や量的緩和政策など超緩和金融政策を継続してしまったのです。結果的に、インフレのボヤに油を注ぐことになり、数か月で年率8%を超えてしまったわけです。慌てたパウエル議長は、一転、量的緩和とゼロ金利は打ち止め、利上げを急ぐことになり、まずは3月に久し振りの利上げ発表となったのです。しかし、多少金利を上げたところで、インフレの火の勢いは消せません。おりからコロナ感染を嫌い労働者が不足してモノや人の流れが滞り、運賃や製造費が高騰するという新型インフレも副作用として生じています。これは疫病の影響ゆえ、金融当局はお手上げです。かといって、パウエル議長がインフレ退治のために、強力に経済を引き締めれば、米国経済が不景気に陥るリスクも無視できません。まさに八方ふさがりの状況で、パウエル議長の次の一手を世界中の投資家が注目しているわけです。このような視界不良ゆえ、日米ともに株価は下落局面が増え、国債や預金はインフレで価値が目減りするので、安全資産として金が買われているのです。

■専門家に聞く 金の買い方とは
とはいえ、こんな高値から金を買ってよいものか。投資家としては当然の不安感があると思います。それゆえ、金のまとめ買いは避け、積み立て方式で、少額から始めるのが賢明な策だと私は薦めています。かくいう私の金の買い方も、周りの友人たちからは、プロなのに地味だ、裏技があるだろうといわれるのですが、一貫して積み立てに徹しています。初心者なら、熱い風呂に入るまえのかけ湯の発想で、まずは試し買いから始めることで、日々の値動きにも慣れることが大事です。それを一年も続ければ、土地勘のような感覚も徐々に醸成されます。それから、本格的に買い始めても遅くはありません。金は、老後や資産継承のために長期保有して有事に備えることが基本なのです。発想は投資より保険に近いですね。
なお、金を保有すると、それまではワイドショーしか見なかった人が、急にテレビの国際ニュースで中近東情勢などが気になるようになるものです。その過程で、日本人に欠けているとされる国際感覚が養われます。これは、単なるおカネの問題ではなく、将来必ず役立つことでしょう。

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経済アナリスト
豊島 逸夫 氏
豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒業(国際経済専攻)。
三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)を経て、スイス銀行で国際金融業務に従事。
外国為替・貴金属ディーラーとしてのチューリッヒやニューヨークでの豊富な経験をもとに、国際経済のプロとして活躍している。
Twitter@jefftoshimaで日々情報発信中!

2022年