豊島逸夫の手帖

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核とスタグフレーション懸念の共振

2022年3月2日

市場が恐れていた事態が起こりつつある。昨晩はNY市場で百戦錬磨の顔が青ざめ、ハイピッチで捲くし立てる語調が沈んでいた。原油先物価格が一日で11%も暴騰する市場はもはや投機マネーの空中戦と化している。「過去の事例では、利上げサイクル開始から12か月で原油価格は30%程度上昇している。(発言時点の)95ドルから125ドルを予測する所以だ。」とゴールドマンサックスの著名コモディティーアナリストであるカリー氏は経済テレビ番組に出演し語っている。「今や、中国でさえロシア産原油を買いたがらない。経済制裁に伴う輸送・法務等諸々の手続きが煩雑だからだ。私はこれをシャドー(影の)制裁効果と呼んでいる。ロシア産原油のディスカウント幅は10ドル以上になることもある。」と話す。

1日の原油先物市場での荒い値動きを見るに、複合要因が誘発したインフレをもはや制御できないシナリオが現実味を増す。

一方、ウクライナの戦場に目を向ければ、ベラルーシでの停戦交渉はロシア軍攻撃エスカレートの口実作りだったかのようだ。国内外で孤立化の様相を強めるプーチン大統領が、核兵器作動アラートを更に引き上げる可能性も視野に入る。それでもパウエルFRB議長は今日と明日開催される議会公聴会で利上げ強行を語るのか。利上げが後手に回り、スタグフレーションのリスクが核リスクと共振する最悪シナリオも絵空事と切捨てられない。

利上げ確率にも遂に「3月利上げ見送り確率8%」との数値が出始めた。CMEのFEDウォッチによれば、3月0.25%利上げ確率が100%から92%に低下。0.5%幅利上げの確率はゼロとなった。

市場の年内利上げ回数予測も中心値が5回31%、6回34%から4回27%、5回35%に変わった。パウエル議会発言次第で予測は更に振れる可能性がある。さすがに核の脅威が強まる中で利上げ強行は市場にも刺激的すぎる。とは言え商品価格の上昇が加速する中でインフレも加速は必至ゆえ、FRBの「物価安定」目標達成のための利上げバイアスは依然根強い。3月利上げは見送り、4月に臨時FOMC会合を招集して0.5%幅も含め、利上げ検討の可能性もある。或いは5月のFOMC会合で0.5%利上げも考えられる。最終決定はデータ次第に加え、ウクライナ情勢次第となろう。

1日のニューヨーク株式市場ではダウが597ドル安となったが、原油価格急騰が個人消費性向を委縮させる「疑似増税効果」と利上げ懸念が効いていた。特に債券市場の米国債利回り急低下は衝撃的だ。原油先物価格が105ドルを突破しても10年債利回りは1.8%台から一時1.6%台にまで急落したのだ。安全資産とされる米国債に逃避マネーが集中しているわけだが、将来の景況感を映す数値ゆえ、原油暴騰の個人消費への負の影響も危惧しているわけだ。政策金利動向を映す2年債利回りも1.3%台に下落したが、10年債利回りの下げの速度が勝り、長短金利差は更に縮小した。不況の前兆と嫌気される逆イールドも視野に入る。仮に長短金利逆転が生じればFRBも金融正常化の見直しを迫られよう。

なお、米銀の対ロシア信用残高も懸念されている。総じて開示が不完全だからだ。ロイター電によればイタリア、フランス、オーストリアの銀行群の425億ドルに比し、米銀は147億ドルとされる。しかしシティーは28日にロシアへの総信用残高が、これまでの数値より遥かに多い100億ドルに達したと発表して市場を驚かせている。米銀の本格情報開示を待たねばなるまい。

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ここまで書けば、何故昨晩国際金価格が1940ドル台まで急騰したかお分かりになると思う。今回はウクライナ相場第三波。有事の金が米金融政策の正念場で、このようなカタチで3回連続展開するシナリオは筆者も想定していなかった。これだけ買い材料が揃えば2000ドルも決して不思議ではないはず。1940ドル台で留まっている方が不思議だ。やはり利上げアレルギーが執拗に残っているのか。

さらに、ロシアの経済規模は韓国並みなので、システミックリスク連鎖は考えにくいので冷静な見極めが必要だ。

かくして、市場の目は日本時間今朝のバイデン大統領一般教書演説よりも、同今晩のパウエル議会証言と刻々入るウクライナ関連情報に向いている。

今日の添付写真はNYMEXにて。20年来の友人のゴールドアナリストと。

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2022年