豊島逸夫の手帖

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NY市場の実相

2022年8月19日

以下は日経マネー先月号の筆者コラム「豊島逸夫の世界経済の深層真理」に寄稿した原稿。

ウォール街の雰囲気が異常だ。

海千山千のつわものプロたちの多くが、おどおどしている。アー、とか、ウーとか、歯切れが悪く、頻繁に発言中に噛む。

これまで、とにかく上がっても下がっても、自信たっぷりに「ここは買いだ!」「私は落ちるナイフを掴む!」と断言して、その後、下げ相場が大転換。「大底を当てた男」として名を馳せ、もてはやされ、本人も得意満面だった。そんな人物が、やや猫背気味になって、2オクターブくらい低い声で、もごもご呟いている。どうやら言い訳したいらしいのだが、本人にもプライドがあり、口ごもるばかりだ。

要は読みきれないのだ。これまでの市場の法則が通用しない。それほどに、FRBの短期間での超緩和から超引き締めへの転換は、市場を不透明感の極に追い詰めている。

より具体的には、年初のゼロ金利から、年末には3%から4%程度まで政策金利が急上昇シナリオ。更に、QT(量的引き締め)も、兆ドル単位で、市場の過剰流動性を回収に向かうという未体験ゾーンにもFRBは挑む。その結果、実体経済が痛みを感じることは厭わずとパウエル議長は明言する。その痛みが、リセッション(不況)なのか、経済成長減速程度なのか。ウォール街で意見がまさに真っ二つに割れている。前者ならハード・ランディング、後者ならソフティッシュ・ランディングで想定内とされる。どちらが正しいかは、最速9月頃にならないと分からない。パウエル語録によれば「金融政策の切れ味は悪い。精密機械ではない」「会合ごとに点検する」だが、例えばFRBが最も重視するコアPCEインフレ率が4%台でピークアウトの兆候が出ても、0.75%幅の利上げは継続の姿勢だ。「clear and convincing」(明確に納得できる)水準まで安定的に収れんするまでは、超引き締めの手は緩めない。そもそも金融政策に効果発揮までにはタイムラグがある。その間、市場は宙ぶらりんの姿勢が続くことになる。4-6月期は、大手ヘッジファンドの記録的な損失が相次いだ。その結果、相変わらず現金ポジションを増やすことが賢明な策とされる。株価指数も小者ファンドの捨て身の売買攻勢で変動は激化するが、売買回転が異常に早いので、上か下か方向性は出ない。

パウエル議長は、この程度の市場波乱は容認の姿勢だ。求職者1人につき求人件数2件という強い労働市場を必ず引き合いに出し、失業率が上がっても、経済は充分に耐えられると繰り返す。

日本では、黒田総裁が「消費者の値上げ容認」発言で炎上したが、米国ではパウエル議長が「失業者が増えても構わない」と解釈される発言を繰り返しても、メディアでは、それほど問題視されていない。このような民意の差が続く限り、金融政策の方向性由来の円安トレンドはかわるまい。但し、ドル円に関しては、中期的円買いの蓄積による「根雪」の上に、新雪のドカ雪のごとく「短期的投機的円買いポジション」が積み上がった状況なので、表層雪崩注意報が警報に格上げされつつある。投資家が知りたい「根雪」の水準は、128円程度か。これは筆者が週一で参加するNYヘッジファンドの気心知れた仲間たちの想定する水準の中間値である。彼らの間では、いまや、円売りは最もホットで混み合っているトレードだ。これまでスルーしていた日銀金融政策決定会合の当日には、まず、日本時間昼12時過ぎの声明文、そして午後3時半からの黒田総裁記者会見について、当日に深夜のNYから頻繁にチェックが入るようになった。彼らの関心はただ一つ。YCC(イールド・カーブ・コントロール)を日銀はいじるのか。いじるまい、いじれない、との観測が殆どだが、まさか、に備え、確認だけは怠らない。振り返れば、彼らは、円を売っては買い戻しを何回繰り返してきたことか。連戦連勝ゆえ、仮に一回ロスしても、心理的余裕がある。

株式市場では、米株が急落の過程で、「国際分散」として欧州株・新興国株への分散も散見されたが、日本株の名前は殆ど挙がらなかった。毀損した自らの株ポジションのことで頭がいっぱいで、エキゾチックな国の株のことまで考える余裕もない。

なお、ウクライナ関連のニュースに、NY市場は殆ど無関心。2022年後半は、やはり中間選挙が大きな要因として頭を擡げるであろう。そこには選挙有利な共和党内で依然断トツの支持を得るトランプ氏の顔がちらつく。

以上

結果的にドル円が円高に反転する局面もあったが「根雪」は130円の水準であった。そこから再び円が売り攻勢が進行して、本日は136円にまで戻している。それにしても128円だの130円だので「円高」とされる時代になったね~。ちょっと前には円高で100円割れかと騒いでいた。隔世の感がある。円建て金価格も円安の影響の方が強い年になりそうだ。「金」のコラムも「為替」のコラムになってきた。

従来はドル安でNY金高が市況の法則であったが、今やポジション次第で、ドルと金の関連が市況の法則どおりに動く期間もあれば、法則があてはまらず、ドル高でNY金高という局面が特に今年は頻発している。その背景には安全資産として金もドル(米国債)も買われるというマーケット事情が指摘できる。更にリスクオフの円買い、有事の円高神話が崩壊したことも重要だ。果たして円が再び「安全通貨」、「逃避通貨」として買われる時代が戻るのであろうか。筆者には今の円安が「日本売り」つまり日本経済を見切った現象に映る。何のかんの言っても米国経済のダイナミズムが際立つ。せめて日本にアップルのような企業が2~3社あればと思うのだが。

さて、写真の整理をしていたら昨年の札幌ではオリンピックのマラソンと競歩を見たことを思い出した。暑かった。35度近くの日もあった。それに比べると今年は東京より遥かに涼しい。涼風が一番のご馳走。空気がおいしい。東京に住む者としてはそれが最大の贅沢だ。

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2022年