豊島逸夫の手帖

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打たれ強いNY金

2022年12月8日

今の金市場を取り巻く環境はリスクがいっぱい。
その中でリスクヘッジの金は打たれ強い地合いだ。
現在のマクロ視点での市場環境を以下にまとめた。

NY市場で海千山千のヘッジファンドがびびっている。
来週のFOMCを控え、10年債利回りは3.41%水準まで急落。2年債は4.26%水準まで急落。いずれも一日の下落幅が10ベーシスポイント(bp)に達した。債券市場の一日の下げ幅としては極めて大きい。
しかも長短金利格差はマイナス85bpに拡大。逆イールド現象に歯止めがかからない。
首題の「同時進行」は利上げ不況リスクが深刻になってきたことを映す。
原油(WTI)も72ドル台まで急落して地政学的リスクの影も濃く、リスクオフ感覚が市場を支配している。
6日にワシントンで開催された大手企業CEOたちの卓上会議でも「リセッション」の単語が頻繁に飛び交い、経営感覚でも逆イールドが無視できなくなっている。
FOMC前のブラックアウト期間なので、FRB高官筋からの発言もなく、市場は判断の拠り所を欠く状況だ。
11月30日の講演でパウエルFRB議長は手探りで金融政策を進行してゆくと語ったが、市場もまさにブラックアウト(停電)の中を手探りの状態だ。そもそもパウエル議長が同講演で利上げ減速を語ったことはハト派への傾斜と市場がはしゃぎ過ぎた。過去のパウエル語録でも利上げの速度よりも高さと長さが重要だと明言してきているのに、利上げの速度だけを切り取った情報が市場内を独り歩きした。内部的要因としてはFOMC前の投機筋ポジション調整にパウエル議長の発言が都合よく利用されたと筆者は感じている。

株式市場ではSP500株価指数が200日移動平均線上を行ったり来たりで投資家をハラハラさせている。
「いじわるグリンチ」というキャラクターが子供向け絵本に登場するのだが「今年のサンタクロースラリーはグリンチに乗っ取られた」などと諦め顔で語られる。
中国ロックダウン緩和が数少ない救いのニュースであろうか。

さて、いよいよ明日9日から14日にかけて、22年相場のフィナーレが展開される。9日はPPI(生産者物価指数)発表、FOMC初日の13日にはCPI(消費者物価指数)発表、そして14日には12月FOMC声明文とドットチャート(FOMC参加者の金利予測分布表)を含む最新FRB経済レポート発表。そしてトリは同日のパウエル議長記者会見だ。

筆者の見立てでは、これまでの発言でパウエル議長は金融政策指針を語り尽くした気持ちで記者会見に臨むので、サプライズはないと見ている。0.5%幅に利上げ幅は縮小されても23年2月1日のFOMCでは利上げ継続の可能性が強い。ターミナルレートは5~5.25%となろう。その高水準の金利が23年前半、更には通年継続するとの見解を多くのFOMC参加者が共有しそうだ。セントルイス連銀ブラード総裁だけは7%近いターミナルレートを論じるかもしれないが少数派だ。クリーブランド連銀メスター総裁はそもそもタカ派の主導格なので5%台半ばから後半のターミナルレートをドットチャートに書き入れるかもしれない。しかしハト派主導格のサンフランシスコ連銀デイリー総裁や常時投票権を持ち特別扱いされているNY連銀ウイリアムズ総裁はこれまでの講演で5~5.25%を匂わせている。それでも市場から見ればかなりのタカ派的見解だ。ターミナルレートの継続期間はデータ次第としか言えまい。

なお、QTの今後も筆者は憂慮している。本当に量的緩和でばら撒いたマネーを年間1兆ドルほどのペースで減らせるのか。これほどの規模の前例は過去になく、FRBにとっても初体験の後始末金融政策だ。仮想通貨やSPACなど、過剰流動性の落とし子が破綻することは「正常化の過程」として片付けられるが、思わぬクレジットリスクの顕在化には要注意だ。銀行監督官庁の管轄外にあるシャドーバンクや簿外取引の露見が相次ぎ、更にはマネーマーケットの流動性不足の悪化が顕著となるとQT中断或いは停止のシナリオも絵空事とは言えまい。クレディ・スイスのCDS(クレジットデフォルトスワップ)保証料率が、ここにきて再び400bpの水準まで上昇していることも気になる。
QTに関してパウエル議長は自動運転(オートパイロット)で月額950億ドルを上限に粛々と実行してゆく基本方針以外には多くを語っていないことも市場が疑心暗鬼になるリスクを孕む。イングランド銀行が英国債投げ売り状況の中で、時限措置ながら量的緩和再開を余儀なくされた事例はFRBも他人事ではあるまい。

市場の安定も中央銀行のミッションのひとつである。

2022年