豊島逸夫の手帖

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ジャクソンホール大波乱、NY金安に円安  

2022年829

もうNHKまで報道しているほど大波乱。

パウエルFRB議長をドクターに見立て、分かりやすくまとめた。
ドクターからのメッセージは以下のとおり。
「インフレ熱は酷いね。痛い治療(利上げ)を症状が軽くなったかなと思われても続けるよ。インフレ熱はぶり返し慢性化する傾向があるからね。(今月から本格化する量的引き締めQTもあるから)これからもっと痛くなるから覚悟してね。回復の症状が強まれば注射の回数を減らすこともあるよ。でも初見の時より病状は手強いね。」
そう言われた金市場は、インフレ退治のため、そこまでの利上げを強行すると、金利を生まない金には不利だな。ドル金利上昇を見込み、ドルインデックスは108と記録的高水準のドル高で、これも金には逆風だ。来年には痛み止めの利下げもあるかと期待したが厳しそうだ(ターミナルレートは4%近くで中立金利を遥かに上回る事態が予見される。数回インフレ頭打ち傾向のデータが続いても、それが確認されなければ強力な引き締めを続行する姿勢だ)。

但し、金には中期的な追い風もある。
これだけやってもしつこいインフレが制御不能に陥る可能性だ。
特にコロナ対策での大盤振る舞いの結果、民間には相変わらずカネが有り余っている。これもいずれインフレを悪化させる可能性がある。中間選挙を控え、財政ばら撒き或いは減税もあり得る。その結果ドルへの信認は低下する。外為市場ではドル高でもいやいやながらドルを決済通貨として使っているのが実態だ。無国籍通貨としての金の出番がある。

結局、NY金は1730ドル台。下がったものの1700~1900ドルのレンジ内に留まる。円安は137円台。

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そして、以下は中級者向けの説明。
株安と失業増をパウエル議長はどこまで容認するのか。
インフレ退治は「無条件」の命題。そこで生じる「痛み」は覚悟して欲しい。パウエル議長の対インフレ、本格宣戦布告は市場を震撼させた。僅か8分で読み上げられた声明文には、これまでの発言に使われた「殺し文句」が簡潔にまとめ上げられて並ぶ。新たな用語は力で抑え込む(forcefully)くらいか。しかし問答無用に淡々と語られると、聞き慣れた「パウエル節」がこれほど強いインパクトを与えようとはマーケットの誰も想定していなかった。パウエル講演はタカ派的との観測を前提に、株式を「噂で売って、ニュースで買い戻す」目論見で動いていたヘッジファンドは「してやられた」と悔しがる。噂で売られ、ニュースで更に売られてしまったからだ。個人投資家の多くは「逆張りETF」などで株安に賭けていたが、まさかダウ1000ドル暴落までは想定していなかった。火遊びのつもりであったが大火事になってしまった。多少の逆張りで儲かっても、さすがに恐怖心が芽生えすくんでいる。

さすがに言葉には出さなかったが、そもそもパウエル議長が「市場波乱」もインフレとの戦いの過程で、不可避の「痛み」として容認する姿勢は透けている。直近の真夏の株高は資産効果を通じてインフレ過熱要因となり得るので好ましくないのか?とは言え自らの発言でダウが1000ドルも暴落するとは想定外だったであろうか?真意は分からないが「パウエルプット」と言われ、「困った時のパウエル頼み」との市場の期待を裏切らなかった時代が懐かく語られている。

今週末に発表される雇用統計も、これまでの「市場の常識」が役に立たない。月次の新規雇用者数が50万人以上から、仮に10万人に減ったとしても、パウエル議長は冷ややかに「過熱する労働市場の正常化の兆し」と受け入れるかもしれない。失業率も3.5%という50年ぶりの低さゆえ、これが5%程度にまで上昇しても許容範囲内かもしれない。

かくしてパウエル議長はどこまで失業、そして株安を容認するのか。市場は模索を続けることになろう。少なくも経済データは「トータルで判断する」と断じ、インフレ鎮静化がトレンドとして確認されるまでは、今後も「異常に大幅な利上げ」を排除しない。インフレの頭打ちが確認できるまでは「より高く、より長く」金利高を続ける。頭打ちの気配だけでは高金利政策を変えることはない。

更に、市場が恐れるQTについて今回触れられなかったことが不気味だ。粛々と月額950億ドルを上限として実行する計画だが、その引き締め効果は有意味な前例もなく、やってみないと分からない。

なお、黒田総裁は公式な発言なくジャクソンホールを去った。パウエル議長の強烈な先制パンチの後に、日銀が何を語ってもこれまで以上に金融政策の違いが際立つだけだ。「日銀は永遠のハト」とウォール街では言われてきたので、更なる円売りを誘発しかねない。ここは「沈黙が金」というところか。

2022年