豊島逸夫の手帖

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イエレンバズーカにマイナス金利は含まれず?

2016年3月30日



FOMC後の記者会見や議会公聴会とは全く異なるイエレン講演の景色であった。29日、NYエコノミック・クラブの集まりで、檀上のひな壇には著名エコノミスト数十名がずらりと並ぶ。司会も、NY連銀ダドリー総裁という「大物」。質疑応答でも、同僚エコノミストたちが、「ジャネット」とファーストネームで語りかける。
そこで、筋金入りハト派の面目躍如たる「イエレン節」が語られた。
「利上げは効くが、ゼロ金利への利下げ効果は穏やか。これが金融政策の非対称性といわれる。しかし、経済成長が頓挫、インフレ率も頑固に低迷が続き追加緩和が必要であれば、量的緩和とフォワードガイダンス発動の選択肢もある。」
エコノミストの間で米国経済不況論も根強く語られる市場環境では、イエレン流「必要となれば、なんでもやる。」発言とも解釈されかねない言い回しであった。
但し、その金融政策選択肢に「マイナス金利」はなかった。講演後の質疑応答でも、「世界では、さまざまな金融政策が、たとえば、日銀でも、行われている。」とのくだりで「マイナス金利」の単語は出てこなかった。「マイナス金利はスル―された。」とNY市場でも、注目されていた。量的緩和について「コストもリスクもあることは承知のうえ。」と語っているので、マイナス金利の「コストとリスク」への連想も意識されたようだ。



いずれにせよ、4月、6月の追加利上げも覚悟していた市場には、イエレン議長のハト派ぶりがサプライズとなった。
特に、数名の地区連銀総裁が、米国経済楽観論に基づき、早期追加利上げの可能性を示唆した直近の発言と、イエレン議長の経済悲観論とも聞こえる利上げ慎重論の対比が鮮明だ。
同日、シンガポールで、イエレン議長の側近とされるウィリアムズ・サンフランシスコ連銀総裁が、再度「利上げ示唆」ともとれる講演を行った。そのタイトルが「一条の明かりのトリック?米国経済・世界経済成長、国際リスクの展望」。「私の見方はポジティブ。米国経済成長は継続。世界経済情勢が悲惨ではない。」と結んでいる。
その数時間後のイエレン講演のタイトルは「見通し、不確実性、金融政策」。
両方の講演原文を読み比べると、議長と側近の間に、緊密な連絡があったとは思えないほどだ。
今後、地区連銀総裁たちが、イエレン議長の論旨に沿い、発言内容を変えてゆくのか。まとめ役としてのイエレン議長の根回しにも注目が集まりそうだ。



なお、もうひとつ、筆者の目を引いた発言がある。「automatic stabilizer 自動安定装置」という言い回しだ。
マクロ経済指標にサプライズがあれば、市場は、金融政策の変更を期待して動き、結果的に、債券利回り変動が経済ショックのバッファーとなるので自動安定装置として作用する、と語っていた。いわゆる「イエレン・プット」のことである。例として12月利上げ以降の世界経済不安が、将来にわたるFFレート民間予測を引き下げ、経済収縮効果を相殺した、と語っている。
29日も、イエレン講演後、「安堵相場」となり、株式、ハイイールド債、新興国株、金などが買われた。
経済悲観・慎重論が、緩和バイアスを想起させ、リスク資産が買われる。いわゆる「悪いニュースは良いニュース」とされる市場の反応だ。
それを「自動安定装置」とするイエレン議長の「策士」としての一面を垣間見た。



なお、金価格は調整局面入りかと思われたが、イエレン・ハト派講演で、息を吹き返した。4月、6月の再利上げ無しとすれば、今後3か月は金買いポジションで攻めるファンドも出てきそうな情勢だ。



なお、今晩(30日)のテレビ東京、ワールドビジネスサテライトでプラチナについて語る予定。日経朝刊ラテ面にも「WBS番組紹介」にプラチナ特集として出ている。

2016年