2016年9月1日
以下は、日経マネー先月号「豊島逸夫の世界経済深層真理」の採録です。
EU離脱を英国民が選択した6月24日は、間違いなく後世の歴史教科書に残る日となった。
市場には「6月24日が本震だったのか。」との疑念が消えない。
欧州全体が断層地帯となったからだ。
そこに「金融システム安定化評価」と題するIMFレポートの31ページに載った一つのグラフが、欧米の市場関係者を震撼させた。
「世界的システミックリスク」というタイトルで、金融連鎖リスクが高い銀行を実名入りで、ランキングにして見せたからだ。
上位3行は、ドイツ銀行、HSBC、クレディスイスと欧州の大手金融機関。
しかも、このレポート調査期間は、6月24日前。英EU離脱選択という激変は考慮されていない。
今となっては、このグラフでは比較的下位のバークレーズ(英)やRBS=ロイヤルバンクオブスコットランド(英)、ユニクレディ(伊)、ソシエテジェネラル(仏)、クレディアグリコル(仏)などの欧州行が軒並み上位に入っていることは間違いなかろう。
いっぽう、ランキング下位には、日本と中国の銀行名が並ぶ。
Mitsubishi、Sumitomo、Mizuhoそして中国建設銀行、中国工商銀行、中国銀行。
いずれも、金融リスク連鎖度は「マイナス」圏にある。
ちなみに、ここで使われている危険度指数は、各行の株価変動から算出されている。調査期間は2007年10月11日から2016年2月26日である。
中国の商業銀行は巨額の不良債権をかかえるのに、金融連鎖度が「マイナス」とされることには、疑問が残る。ただ、規制により国際市場からは遮断されており、且つ、中国政府が実質国営銀行破たんは断固未然に防ぐため、なりふりかまわず公的救済するとの前提と思われる。
いっぽう、今後、「本震」が起こるとすれば、震源地としては、まずイタリア。
例えば、既にECBから「イエローカード」ともいえる警告を受けたモンテ・パッシ。創業1472年、イタリア3位の銀行だが、不良債権比率は40%を超える。ここまで不良債権が膨らむと、欧州経済低迷・マイナス金利環境下での自律回復はほぼ不可能に近い。
そこで、レンチ首相は、公的資金による救済を検討しているのだが、これは、EUが禁止している。債権者救済にせよ、と迫るメルケル首相と、真っ向から対立。EU分裂危機の可能性を更に強める。
この銀行は、IMFのサーベイ対象にはなっていないので、グラフには載っていないが、市場では警戒されている金融機関だ。他のイタリアの銀行も、似たり寄ったりといえる。
そして、フランスは、オランド大統領の支持率が14%と、仏大統領として過去最低に沈む。代わって、反EU政党「国民戦線」党首ルペン女史が20%以上と支持率を伸ばしている。2017年5月に行われる大統領選挙が、実質的に、EU離脱を問う国民投票になりかねない。
EUを支えるドイツを代表する大銀行が、リスクランク一位。英EU離脱に揺れる仏伊の銀行が上位を占める。震源地の銀行はシティーとともに沈むリスクを抱える。
英EU離脱ショックは、リーマンショックとは基本的に異なるのだが、世界的金融システミックリスクは無視できない。
世界経済も、新興国成長を前提にした「拡大均衡」から、長期停滞の「縮小均衡」へ大転換中だ。
NYのヘッジファンドもキャッシュポジションを50%以上に増やすなど、有事対応。とにかく、運用資産を減らさぬように四苦八苦している。100年に一回起こるか、という事態だ。まずは「勉強期間」と割り切り、次の一手を考えるための知識吸収に努めるべきだろう。