豊島逸夫の手帖

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わけあり原稿 「地震と金」

2016年4月18日

前回のブログで417日号の日経ヴェリタス筆者コラムで地震と金について書いたと予告しましたが、「自粛ムード」のなかで、ボツになりました。

以下がその「地震と金」と題する原稿です。

金の世界では地震にまつわるエピソードがいろいろある。

阪神・淡路大震災の翌日。

某テレビ局のモーニングショーが、焼野原となった神戸の一角に、高齢の女性が茫然とたちつくす光景を流した。その女性の足元には焼けただれた家庭用金庫。それをバーベルで必死にこじ開けている。やっとの思いで開いた金庫の中に手を入れ、まず、取り出したのが、焼けて灰状になった一万円札の束。しかし、その女性はめげず、更に、中をまさぐり、「あった!」と小さく叫び、取り出したのが金貨であった。テレビカメラがそれをクローズアップ。後日談では、その金貨は表面が焦げていたが、重量は1トロイオンス=31.1035グラム、全く欠けることなく残っていた。大手貴金属会社も、緊急時の特別対応として、鑑定作業を短縮して、金貨の買取りに応じた。

いっぽう、震災で多くの投資用賃貸マンションが崩壊したので、不動産神話が崩れた。その結果、金が「燃えない実物資産」として見直され、その年の日本の年間金輸入量が通常の3倍に跳ね上がるほど、資産用に金が買われた。現在でも、金購入者のマーケットリサーチで、関西地区では「金の購入動機」として「燃えない資産」という回答がトップ5内に出てくる。他の地域には全く見られない回答だ。

なお、地震ではないが、米国同時多発テロでワールド・トレード・センターが崩壊したときのこと。実は、あの超高層ビルの地下6階に金塊が8トン保管されていた。近くの金先物取引所の在庫であった。筆者が働いたスイス銀行ニューヨーク支店も、あのビルにあったので、その事実を知る立場にいたのだ。

それゆえ、あのビル崩壊の画像をテレビで見たとき、筆者の頭をよぎったのは「あの金塊はどうなった?」ということであった。セキュリティーの関係で公表されなかったが、後日判明したところでは、なんと、8トンの純金重量は1グラムも欠けることなく残っていた。但し、高層ビル崩落の物理的衝撃で、地金の表面がへこんでいたとのこと。「これが、有事の金か」。金のプロでも、あらためて、その言葉の意味を実感したものだ。

いっぽう、東日本大震災のときには、現物の金を家庭内に保管していると、津波に流されるという事例が多発した。元来、漁師さんたちのなかには、豊漁のとき、金地金をまとめ買いする人たちがいる。常に海難事故のリスクにさらされているので、いざというときのための「保険」の意味で金を購入するのだ。

ところが、家庭内金庫に保管された金地金は、「無記名」。いったん津波に流されると、回収されても、所有権の主張ができない。金地金には「刻印番号」があり、販売者を特定することは可能だ。しかし、購入後の売買履歴などの情報を確定することは極めて難しい。

その結果、遺失物扱いになっている金塊がかなり多く残っているようだ。この事例が伝わり、沿岸部に住まう金投資家は、現物の金を購入後、安全な場所に保管する傾向が強まった。その際たる例が金ETFだ。

それまでは、日本人の民族性として現物を預けることに抵抗感を示すので、金ETFは選好されなかった。

しかし、東日本大震災後は、信用度の高い信託銀行が、金地金をカストディアンに保管・管理して有価証券を発行し、更に上場して流動性を高める金ETFが見直されたのだ。更に、日本国内に金を保管するのでは、地震リスクがつきまとうので、敢えて、欧米のカストディアン保管を選択する事例も見られた。それまでは、金を欧米の横文字のカストディアンが保管することに不安を感じる傾向が強かっただけに、劇的な変化であった。

但し、リーマンショック後の投資家心理として、保管先が破たんした場合のカウンターパーティーリスクを懸念する金購入者も増えた。一度でも株が紙切れ同然となってしまう経験をすると、実物資産の金を有価証券化した上場型投資信託では、金を持つ意味がない、というわけだ。そのような心理状態になると、家庭内保管している金地金をときおり取り出し、さわってみることで、「癒される。」と語った金投資家もいるほど。

地震は投資家心理の本音をあぶりだすようだ。

2016年